自分で言うのも何だが、母親にとって私は、本当に可愛い息子だったに違いない。子供が可愛いのはどの親も同じだし、その愛情を簡単に比較などできないし、その当事者として、体験/比較することはできないので、飽く迄私の主観なのだが、「平均より甘やかされた」ことは、恐らく間違いないと思う。

3月22日に生まれた私は、他の同級生に比べて明らかに小さかった。特に、小学生までは、女子の成長は著しく、幼稚園児の時、一番背の高い女子は「お姉さん」と言うより寧ろ「大人」にさえ見えた。

ある日、母は、いつも通り私を幼稚園バスに乗せるべく、玄関での準備を急いでいた。少し起床が遅かったか、私の準備がもたついていたのか、出発の時刻を遅らす私に母は苛立っていた。堪忍袋の尾が切れた母は私に「早くしなさい」と言い放ち、私を押した。学年で一番小さい私の身体は、母の予想を超えて大きく飛ばされた。覚えていないが、きっと泣いたかもしれない。

その日私は、最初で最後のお漏らしをして帰宅した。

母は「この子を急かしてはいけない」と思ったらしい。この件は、母親を平均より少しだけ過保護にしたと思う。それは少なからず私の精神的成長を妨げもしたが、一定、正常な愛着も形成した。

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