希望と絶望

大学院浪人1年目は、兎に角時間に追われていた。試験までに120%の準備をしたいというのはもちろんだが、卒業制作の実質的な時間切れは、時間にルーズだった私にはかなり有効な劇薬となった。

今や人より早く待ち合わせに着くのが常だが、もしかしたら、まだ薬が効き続けているのかも知れない。

浪人を許された私は、研究室の使用を継続させてもらえることになった。勿論、一定の授業料を支払ってだ。

今思えば無茶以外の何者でもないが、始発で大学に行き、終電で帰る生活が続いた。常にある焦燥感や、彫刻細部の造形の難しさから来るイライラで、全くの無煙、失礼、無縁だったタバコに手を出した。いつしか私の体重は47kg、体脂肪7%の、彫刻制作に取り憑かれたゾンビになっていた。

ゾンビのせいで、後輩たちはのびのび制作できなかったに違いない。ごめんね。

作品を納期に合わせて完成させることには慣れたが、焦燥感が無くなることは一切なかった。特に冬に入ってからは余裕がなかった。当時付き合っていた彼女との日課の電話を断った。

入試に持っていく作品自体は、当時の実力の全てを投じたので不満はなかった。

提出作品は、卒業制作に比べれば小柄だが、一人では持ち運べない。学内でトラックから下ろされた後は、手伝いの大学院生らしき人に手伝ってもらう。

二度目とはいえ、当然緊張している。

院生に運搬の補助を依頼する際、極度の緊張から、その台詞を噛み倒した。それほど滑稽だったのだろう。その院生は笑いを堪え切れず吹き出した。大学院入試という真面目なシーンで、これから試験を受ける、ある種もてなすべき相手のミスを笑うべきではない。それくらいの常識はある者に見えた。

それを凌駕する程滑稽だったのか、或いは、「笑ってはいけない」という状況が、笑いを増幅させるのだろうか。某お笑い番組のコンセプトの様に。

私は普通に腹が立った。少し遅れて、心の僅かな傷に気がついた。

入試の内容は、作品提出、デッサン、面接の3点だ。1年かけ前年の反省点を潰していった。デッサンでは前年同様、入学後制作したいもののイメージデッサンが求められた。この年も同じなのはわかっていたので、予め、小さなスケッチブックに書いていたデッサンを拡大して出力した。

残るは面接だけだった。

学部の教授がそうであった様に、大理石を扱う先生の研究室に入りたかった。提出作品はポリエステル樹脂で型取った人物像。大理石風の表面処理を施していた。

受験生1人ずつ面接をしていく為、待ち時間は異常に長かったが、遂に私が呼ばれた。

提出作品の解説と入学後の展望を説明した。

大理石「風」に作られた像を見て、師としたかった教授が一言、「これ大理石じゃだめなの?」

「…ですよね…。」と苦笑いをしながら返事をした。

「次!」の声と同時に、私の面接は秒で終わった。入試の結果は言うまでもない。

この年私は、合格以外に、3年付き合った彼女を失った。今思えば、入試の結果まで、別れを告げるのを待っていてくれたのは、最後の優しさだった。

提出作品に名付けたタイトルは「希望と絶望」だった。私に残されたのは後者だけだった。

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