祖父が今年、享年93歳で亡くなった。
国内でのコロナウイルスの感染者は居たが、大きく騒がれる一歩手前で、葬儀はごく一般的な形式で執り行われた。
親父の三人兄弟だが、叔父、叔母には子供はなく、私は初孫だった。妹がほぼ年子で産まれたので、少なくともそれまでは、祖父母、曽祖父母の寵愛を独占したに違いない。
地方で農家をしていた祖父は、週に一回、日没前まで農作業をしてから、両親と私の住む札幌のマンションまで車を走らせた。孫の私を愛でて、睡眠をとったのち、早朝車で畑に戻り、仕事をした。
私自身、子も、ましてや孫も居ないので実感を持つことは不可能だが、エピソードを聞く限り、目に入れても痛くない存在だったのだろう。3年前産まれた妹の息子に、寡黙な父が、見たこともないくらい鼻の下を伸ばしているのを見ると、自身の子供とはまた違う可愛さがあるのだろうと思う。
祖父は毎度、「とうまん」と呼ばれる白あんの饅頭を買ってきた。私は、舌まで「甘やかされ」、祖父に懐いた。
小学6年に上がる年、父は郊外に家を建てて、祖父母、両親、私、妹の6人での生活が始まった。
正確には、曽祖母、叔母を含めた8人の筈だった。80年超、住み慣れた土地を離れたく無かったのか、曽祖母は、我々の引越しの直前に息を引き取った。同じく同居する筈だった独身の叔母は、やはり「独りが気楽」と早々に、このやたらデカイ戸建を出た。曽祖母との思い出は殆どないが、居間の奥の部屋に通じる引き戸の閉めが甘いと、「寒い」と注意を受けた。
夫の両親との同居は何かと苦労が多いようだ。息子の視点からもよく見えた。もう物心はとうに付いていたので、祖父が如何に頑固かよくわかった。世代的な要因もあるだろうし、当時珍しかった一人っ子も起因していたかも知れない。
職業柄も、自分は社長で、他は従業員。控えめに言っても、話し合いのできない人だった。
父は兄弟の中でも、特に祖父と馬が合わず、家の中は賑やかで、子供ながらに色々嫌な思いもした。両親の面倒を見ようと、祖父母に同居を申し出た父は素晴らしかったが、ソリの合わない者と穏やかに過ごすスキルは無かった様だ。
農家で鍛えた健康な体と、読書家の脳を備えた祖父は最後までボケることはなかった。中学時代、腕立て伏せをしては祖父に腕相撲を挑んだが、終ぞ、その強靭な手首を台に押し付けることは出来なかった。
祖父は、80代になると益々、頑固で我儘になった。
世の中には老害という言葉がある。好意的に解釈すると、心身が衰えた者は、自分の弱った心身をいち早く「快」の状態にもって行く為に、怒りで周囲をコントロールするのかも知れない。フェアな手段で、周囲と交渉/合意を図る、社会性も身体的/精神的余裕も、もうないのかも知れない。
祖父はエネルギーこそあるので、よく祖母に対する怒号が飛んだ。当時、大学院進学を諦め、ふらふらしていた私は、家に居る時間も多く、よくそれを聞かされた。流石に限度を超えていると思った私は、自身の生涯の伴侶をもう少し大切にする様嗜める旨の手紙を書いて渡した。祖父は、祖母と並び、老眼鏡でクリクリになった目でそれを音読していた。その手紙は、祖父の心を打ったのか、或いは逆撫でしたのかわからない。只、以前より怒号が落ち着いた気がした。
祖父は、私が会社員をしてからは、仕事のことを質問し、それが安定してからは、「誰か良い人は居ないのか」という「余計なお世話」を焼いてくれた。それが愛情なのはわかるので、嫌々ながらも返事の様なものはした。当時付き合っていた彼女は東京におり、月に一度東京に行く為に、私のなけなしのリソースは割かれた。いつもの様に東京に行く前日、祖父は「早く連れて来い」と顔ではなく、背中をこちらに向けて言い放った。残念ながら、その人を実家に呼ぶことは無かった。
昨年、秋に妹と甥が、追って冬に義理の弟が、こちらへの移住を決めて、実家に帰ってきた。8人で住む筈だった家には、曽祖母も叔母も、私も居なくなっていたので、彼らは綺麗にハマった。
孫娘夫婦と曽孫を数ヶ月愛でたのち、祖父は安心したかの様に他界した。
祖父はその日、危篤状態になりかけるも持ち直した。そこにいた者たちに筆談で「遅」を書き、「もう遅いから、早く帰れ」と促した。その晩、容体は再び悪化し、そのまま逝った。
父から「自宅待機」を命じられていた私は、逝く直前に会えていない。
昨年夏に見舞いに行った際、祖父は私の時計を褒めた。その、祖父が私に大学入学祝いで贈ってくれた腕時計は、当時あまり似合わなかったが、スーツを着る様になった近年は重宝している。
祖父は、時計を贈る人らしかった。嫁に来た母に、金婚式を迎えた際祖母に。
時計は、「あなたの貴重な時間を私と共有してください」という意味で贈られるそうだが、昭和3年生まれの不器用な男が、そんな粋なメッセージを込めたとは思えない。
でも、私はこの時計を結構気に入っている。

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