以前、【母】にも記した通り、私の母親は「平均より」過保護だったと思っている。
貧乏性と言って良いかわからないが、捨てられない人である。祖母もそうなので、一般的な話だとは思うが、お店で貰った紙袋を必要以上に溜め込んでいるようなタイプだ。
同種のマインドからの行動かは不明だが、母はスーパーで下着かパジャマが安売りされていると決まって、父と私のものを買って帰った。
私が実家にいる間は、その購買行動は継続した様に思う。それは何に起因するものなのだろうか。愛、過保護、過干渉、貧乏性。
或いは私の考え過ぎか。只の節約マインドか。
とは言え、私はその購買行動が嫌だった。「買ってきたんだけど、嫌だったら返してもいいから、これどう?」と、断る側のコスト無視した、悪気の無い愛情をくれた。
反抗期的な断りを入れることもあれば、呆れ顔で丁重に断る余裕のある時もあった。
なんだろう。たかがパンツだが、実家を出るまで母親に自分の「下半身」の面倒を見られていた訳だから、まあまあ気持ち悪い話かもしれない。
一方、有難い贈り物を頂く場合もある。アイルランドの生活で、和食を断って半年、異常に出汁の味に飢えた。母から送られてきたインスタントの味噌汁が、クソほど美味かった。我々の胃袋は祖国の味に抗えない。自作のパスタやサンドイッチに飽きた私は、半年ぶりに出汁に有り付いて、無自覚だった出汁中毒を自覚した。
今でも実家に帰った際、或いは逆に、何かの用で母が私のアパートを訪れる際、こさえたご飯のオカズをタッパーでもらう。食費にあまり金を掛けない私としては有難い。母は恐らく長生きするのだろうが、親の作った飯を食える回数だって限りがある訳だから、有り難く頂きたい。
とあるデートで、この母親によるフードデリバリーの話をしたら、異常にマザコンを疑われた。彼女は、シングルマザーの一人娘として育てられ、母の過干渉から逃れるため、一度高校生の時に家出をしたらしい。成る程、そういうマインドの人であれば、私の様な歳上の男が、母の作った飯を有り難く頂いている事に気持ち悪さを覚えるのだろうか。或いは、恋愛初期でする話ではなかったか。四度目以降のデートの機会を失った。
先日、彼らがこちらに用事があった為、私の自宅で両親と甥と昼飯を食べた。例の若く、タッパー詰めのおかずを有り難く頂戴した。
弁当のおかずのストックを一部切らしていた為、早速翌日の弁当に登場させた。
昼休み、偶々女子社員と一緒に食べ、まんまと弁当を褒められた。私の中のリスク管理担当が、「一部『お惣菜』だけどね」というコメントを出力候補として提示したので、私はそれに従った。
母の過保護を起点とした共依存からは逃れなくてはならないが、私の健康を気遣う愛情と、単純に美味いその飯は恥ずべきものではなく、有り難く享受したい。
スタイルが安定してきた私の外側のファッションとは対照的に、下着のセンスは未熟なままだ。未だに履くべきパンツがわからない。ファッション系Youtuberも私の様な困った視聴者を想定していないらしい。

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