贈り物を貰った。
正確に言うとお詫びの品だが、「私が喜びそうな物」と一生懸命選んでくださったのが伝わり嬉しかった。
贈り物もなかなかセンスを問われる。いや、私が勝手にプレッシャーを感じているだけかも知れない。ま、気持ちなので、そんなに気張らなくて良いかもしれないが、できれば喜んでいただきたい。
形に残ってしまうものも、お相手の趣味と合わなければご迷惑。かといって、食べ物も無難すぎる。いやそうでもないか。自分の好きなものは皆好きだろうと、抹茶嫌いの方に抹茶スイーツを、レーズン嫌いな方にそれを使ったクッキーサンドを贈った前科のある者としては、食べ物も決して無難ではない。お前の観察眼が無いだけだろうというツッコミは甘んじて受け入れる。
ある奥様は、ご主人とお付き合いしていた頃に貰った「こだわりの鉛筆」が嬉しかったそうだ。気の利いたお洒落な物を貰っていたら、きっと何とも思わなかったと。「鉛筆」だから響いたのだと。
季節やその人の服に合いそうなストールを贈ったり、寒い季節にバスソルトを差し上げたり、乾燥肌のあなたにハンドクリームをプレゼントしたり、私が、あの手この手で気持ちを繋ごうと必死になっている一方で、鉛筆で心を動かす者が居る。嗚呼、贈り物の正解とは。
昔、彼女の買い物に付き合わされ、色々店を回った。その日は本当に寝不足で、「偶の休みに奥さんの買い物に付き合わされるというのはこんな感じなのかな」などと思いながら、嫌々付き合っていた。何度も試着を繰り返し、当然買うものと思っていたが、「いいの」だそうだ。よくわからない。
忘れた頃に、クリスマスを迎え、彼女にバッグと手編みのマフラーを貰った。確かに「いいな」と思ったバッグだったが、何故わかるのか。曰く、私は余程「いいな」と思わない限り、物を手に取らない様で、あの日、私はそのバッグを手に取ったらしい。
私は完全にやらかした。
彼女が試着しまくって買わなかった、「アレ」を買って、クリスマスプレゼントとして上げなくてはならなかったのだ。
時間の無かった私は、彼女の研究分野の書籍と、セレクトショップで見つけた「私の」好みのお椀を贈った。彼女が綺麗に敷いた伏線を、綺麗に踏み外して聖なる夜を迎えた。がっかりしたと思うけど、怒られることはなかった。
近年、ミニマリストとまでは言わなくとも、シンプリスト、つまり物を持たないライフスタイルが流行し、私自身、中々形に残ってしまう物を送れないし、贈られるのも困ると思っていた。
私はお察しの通り拘りが強く、自分が気に入った物しか所有しない。
今回、何だか、形に残る物を貰ってしまったが、「私が喜びそうな」物を一生懸命選んだ結果なのがよくわかって、大変有り難かった。
その人を想って選んだその時間や気持ちが大事。その人を想って選んだ「鉛筆」だから心を動かす。
取り敢えず、私みたいな鈍感な男には、Amazon Standard Identification Number で欲しいものを指定してください。然もなくば、謎の食器をプレゼントします。

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