私にとっての外国語

最近また英語熱が再燃してきた。

理由は幾つかあるが、一つは映画「TENET」を観たこと。もう一つは偶々Youtubeのおすすめに出てきた、日本人Youtuberによる英語学習チャンネルを観たこと。

話さない期間が続くと当然鈍るが、自分で言うのもなんだが、自分のレベルであれば、定期的にメンテナンスすれば一定のスキルは維持できる。今回の再燃は、メンテナンスの意味と言うより、英語を発音することによる快楽を求めたものである。

言い換えれば、自分の得意なことを行うことにより、自尊心を満たしてやる行為である。

その日本人Youtuberはタイ在住のアイルランド人(母語=英語)にタイ人訛りの英語を真似し、笑いを誘う訳だ。Youtubeには、ネイティブによる、英語圏の地域別アクセント(訛り)や国別アクセントを真似する動画が乱立していて、英語学習時代、よく観たものだ。

特にアイルランド訛りは酷く、訛りの癖の強いアイリッシュYoutuberチャンネルをよく観た。

久々に英語が喋りたく、気が向いたらそのうち、オンラインの英会話レッスンでも試そうかと思っている。

とまあ、いつも通り随分偉そうに語っているが、外国語学習程コスパの悪いものは無い。あれだけ時間や金や努力を費やしたが、字幕なしでみる映画の理解度は60%くらいだと思う。特に最近観た「TENET」だと中二病心擽ぐる、物理用語満載の時間逆行SF作品なので、「ん?」な単語満載だったと思う。

日常表現だと字幕より音声が先に入ってくるのだが。

基本的に外国語を覚えても、何かに掛け算しなくては価値にならない。例えば、金融知識×英語の様に。であれば、先に金融のプロになるべきである。母国語で専門概念を理解していれば、英語は後からついてくる。

私の場合、英語を美術で勉強したく、叶うなら海外の大学院で研究したく英語を勉強していたが、寧ろ英語の方に “into” ハマってしまって、美術の方が疎かになって、結果的に、野心の収縮に繋がったと思う。

芸術家であれば、寧ろ作品が素晴らしければ、言葉を超越して伝わるし、自分のアートの認知度が高まれば、優秀な通訳や翻訳家が着くかも知れない。

確かに絵画にレジデンスしたり、留学などするのであれば最低限自力で外国語を駆使していく必要があるが、あくまで自身の芸術、前例を繰り返せば、金融の知識が必須事項なのだ。あくまで言語はそれを伝えるツールでしか無いので、必ずしも自身で駆使する必要は無いのである。

一方、通訳を通して自身の作品を語っていたクリエーターが、最終的には自身の口で語りたく、外国語の学習をスタートすることもある様だ。何かで、その様に至ったクリエーターを観たんだが、誰だったか完全に忘却した。

わかる。日本に居れば話すことなどなかった、北欧や南米の人間と、「英語」という共通言語があるだけで、冗談を言って笑い合えるのだから、これ程素敵なツールもない。

ただ、元々母国語として英語を話す者のアドバンテージたるや、心底腹が立つ。彼らはよく外国語としてフランス語を勉強するらしいが、自分の生活を好転させるため、外国語を学び、西欧に出稼ぎに来ている東欧出身者の学習動機とは、真剣度が違う。

一緒に皿洗いやキッチン清掃をした、ルーマニア人は祖国に家族や彼女を置いて出稼ぎに来ていた。

塾講師時代、英語も教えたが、オーストラリア仕込みのネイティブ発音をしたら授業中に笑いが起こった。彼らの学習の邪魔になっては困ると、私はすぐジャパニーズアクセントの英語に直した。

日本人に英語を話せとは思わない。只、言語の理解は、文化や思考法の理解だ。異質なものの排除ではなく、異質なものの受容を。

あなたも、世界中の人間を均等にシャッフルされたら、非常にユニークな、ニホンジンなのだ。

あなたの身の回りの異質と感じるものは、きっとあなたの概念をリニューアルしてくれるかも知れない “something new” の可能性がある。排他主義は停滞だ。「その異質さに面白さを見つけること」がきっとあなたのすべきことだ。

同意しなくていい、

「私とは違うけど、そういう考えもありかもね。」

共感や受け容れを。そういうことが生きやすい世の中を作るのだと、この変態は思っている。

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