労働疲労による認知機能の低下とそれが引き起こすリスクの一例

腹減った。

明日は健康診断の為、今日は20時以降は何も食べられないのに、それを超えて会社に居てしまったので、もう何も食べられない。

最近忙しい。

新たなスキルを身に着けるべく、某社内研修に参加していることが大きい。研修にて理解仕切れなかった所、上手く行かなかった所の復習を、通常業務後に行なっている。

研修自体は自ら望んでのことなので、全く不満はないが、心身共に疲労しているのは明らか。

人間はそもそもマルチタスクに向かないらしいが、自分はそれを代表する人間だと思っているので、タスク数が増えるに伴い、脳内も、自宅も、段々とカオスと化す。

火曜はプラゴミを出すのに失敗した。家を出る時に出せば間に合うだろうと高を括り、規定の時間を過ぎてから出すつもりだった。家を出る5分ほど前に、収集車の音を聞くも、ダッシュで回収を依頼する気概もなく、もう1週間の保管を、歯を磨きながら決意した。

習慣だった弁当も作っていない。新しいオフィスの周辺でメシの食える場所もよくわからず、食べたいのかもよくわからないバーガーのセットを毎日食している。店員が私を常連認定するのも時間の問題だ。少し多目の塩が掛かったポテトのせいで、歯を磨いた後も歯を舐めると、塩分を摂取している気になる。

ワイシャツにアイロンを掛ける時間がない。洗濯はしているが、皺のないシャツ無い。今日はグレーのスーツの中に、黒のタートルネックを着て誤魔化した。というか、結果、ドレスとカジュアルの程よいバランスのモノトーンコーデになり、アイロンを掛けられなかった男には見えていなかった筈だ。

今朝、検便の便を採取した。それは良かった。が、大量の紙を便器内に敷き、便の採取の後流水すると、水が溢れる二歩手前くらいに膨れ上がった。懸念はしていたが詰まらせてしまった。

もう出発時刻を迎えた私は一旦、それを放置したまま出勤した。

通常業務及び研修の復習を終え、食事のリミットを超え腹を空かして帰宅すると、忘れていた「それ」が「おかえり」と微笑んだ。

水は捌けて紙だけが残っていたので、再度水を流した。が、朝見たものが復活しただけだった。紙を手摑みして持ち上げても意味がない。恐らく、手の届かない奥で詰まっているのだ。

意を決して、流水レバーを「大」の方向に思い切り捻り、タンク全ての水圧を以って詰まり解消を試みた。私は賭けに負け、そこに小さな、しかし悲劇的な洪水が起こった。大丈夫だ。被害者は居ない。

その足で24時間スーパーに向かい、所謂「スッポン」を買った。「スッポン」は一発でその詰まりを解消した。

「スッポン」のミニマルな、或いはプリミティブな形状/構造に反し、その効果は絶大だった。

5Gでもない、AIでもない、アプリでもない、

トイレの詰まりを解決するのは、無骨な黒いゴムにスチールの柄のついた「スッポン」が生み出す、一瞬の真空。原始的な道具とわかりやすい物理現象だ。

洪水の跡を雑巾で解決し、石鹸で丁寧に洗った手でこれをタイプしている。

健康診断に、二日分の便を要求されている。バーガーばかり食した上、夕食を抜いた私だが、きっと明日朝のタスクは達成できる筈だ。もう災害も起こさない。

メディカルプラザ様、私、こんなカオティックな日常を送っていますが、どうか頭以外は健康だと診断してください。健康で長生きしたいです。

嗚呼それにしても腹減った。

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