言語は事物を分類する為に存在するらしい。
パパとママを、じーじとばーばを、リンゴとミカンを、パンとご飯を、ミルクと水を。
私はフランス語には明るくないので、真偽の程は定かではないが、犬と狼を区別する単語が無いらしい(生物学的学名は有るだろうが)。
このうろ覚えの情報の真偽はさて置き、「言語は事物を分類する為に存在する」とすれば、かつて、全て野生であったそれらの動物は、分類する必要が無かったのだろう。
私、「土田拓磨」という人間の固有名詞の抽象度を上げていこう。日本人、モンゴロイド、ホモ・サピエンス、動物、生物…。名詞の抽象度を最高手前まで上げると、「有」と「無」に分類され、その最上位は「空」に統一されるのだと、仏教に詳しい者は言うが、私は「空」の概念がわかる程勉強できていない。
人は皆、「悩み」が有るらしい。稀に「悩みが無い」と言う奇人も居るので、「課題」と言っても良い。
「悩み」と言う漠然とした、つまり抽象度の高いネーミングのままだと、そのソリューションも「解決する」と言う抽象度が高い「動詞」のままで、何をして良いかわからない。
あなたが抱える「悩み」を少しずつ具体化してみる。仕事、お金、孤独、元来の性格/生育歴。孤独を分解/具体化しよう。老化、恋愛的失敗、他人との比較。まだ、抽象的すぎる。どんどん具体化しよう。
これ以上具体化できない素粒子となった「悩み」は、「具体的な解決策」となって光を放つ。その素粒子を、アドラー心理学的に、「A:自分の課題」と「B:その他(変えられないもの)」という二つの箱に入れていこう。
「三年前に別れた彼氏」「死別した肉親」という「変えられない過去の事実」は「B」にしまって、何なら捨てよう。嫌なら墓場まで持って行こう。但し、それはどうこうできるものではない「変えられないものBOX」にしまったものだと認識しよう。
一つ譲歩すれば、「三年前に別れた彼氏」から、「次の恋愛で私はこう変わる」、或いは「私を受け止めてくれる人に出会う為、自分そのものをもっと輝かす」。「死別した肉親」からは「生前にもっと『愛している』と伝える」を切り離し、
つまり、「変えられない『事実』」のみBにしまい。その経験から未来に生かせる改善策は、事実から切り離し、「A」にしまっても良い。「A」に入れるべきもの「B」に入れるべきものを混同しそうなら、「今はまだ」切り離さなくても良い。
これは、ものすごく辛い作業だ。
見たくないかも知れないものを素粒子まで分解して、分類する。素粒子まで分解すると、具体的な解決策が見えてしまうから、行動するしかなくなる。
別に嫌なら分解/分類しなくても良い。「いつまでもウジウジ悩んでいる(行動しないで滞留している)」心地よさを私も理解している。
「滞留」に飽きたら、まだ「悩み」という学名しかついていない、あなたのそれを解剖し、電子顕微鏡で覗き、各所に名称を付けていこう。
ずっと滞留しているのも「苦しい」が、解決策が明確になり「後は行動するだけ」になるのも「恐い」。
でも、電子顕微鏡を覗き、素粒子の謎を解き明かした時には「恐い」より「ワクワク」が優っているかも知れない。
そろそろ、「それ」を電子顕微鏡で覗いてみないか。
私は、「ワクワクが待っているかも知れない」ことにワクワクしている。
<了>
***
Artist Takuma Tsuchida 土田拓磨 a.k.a お洒落変態会社員モデルインフルエンシャルYoutuber Artist
▶︎Youtube
https://www.youtube.com/user/takumatsuchida/featured
▶︎Instagram
—main account: TAKUMA TSUCHIDA aka 洒落変態Artist
https://www.instagram.com/takumatsuchida_artist_sculptor/
—Japanese essay blog account: 未だ熟さず aka お洒落変態ブログ
https://www.instagram.com/takumatsuchida_blog/
▶︎Japanese essay blog エッセイブログ 未だ熟さず aka お洒落変態ブログ
https://takumatsuchida.wordpress.com/
▶︎Facebook
https://www.facebook.com/takuma.tsuchida

Leave a comment