吉報、聖夜に。

今日、母親から持病の薬を今後飲まなくとも良くなった知らせを受けた。メリークリスマスという枕詞が添えられて。

キリスト教を信仰していない。金銭的な事情から甥っ子のサブ・サンタを務めることを諦めた。一緒に過ごすパートナーも居ない。そんな私には受け取るに相応しからぬ挨拶だ。

五年前、その冬一番の大雪の夜があった。当時都心から電車で三十分離れた実家から職場に通っていた。退勤後セントラルステーションに着くも、吹雪により帰りの電車は不通となっていた。待てば帰りの電車は来たのかもしれないが、この時期の運行復旧は二、三時間掛かるのが相場だ。私はセントラルステーションから一駅の伯母の家に泊まらせて頂く手配をした。

それだけの吹雪の夜だけあり、伯母の家までの道も、入れていただいた風呂も震えながら入った。

翌日、伯母の家から出社した。その日が忙しかったのかは覚えていない。流石に翌日は電車が動いており、仕事を終えどこに立ち寄ることもなく帰宅した。

しかしながら、昨日からの寒気が止まない。程なく自分の発熱を理解する。

私の熱は病院に掛かる間もなく下がったものの、当時、住まいを共にしていた祖父母、両親のうち、両親と祖母に見事にそれを移した。

彼らはインフルエンザの判定を受けて帰ってきた。悪いことをした。実家にパンデミックを起こした犯人は私だったのだ。

担当した医師ががめつかったのか、三名皆血液検査を受けさせられた。インフルエンザが陽性判定であったのにだ。ところがそれが不幸中の幸いを齎らす。

母の急性白血病が判明した。

普段冗談しか話さない親父に、「母ちゃんに万が一のことがあるかも知れないから覚悟しておけよ」と五寸釘を刺された。

ひと月かふた月だったと思う、母が入院していたのは。治療の甲斐あり母の数値は一定下がった。しかしながら、比較的強い薬を継続して飲まなくてはならなかった。

医師は只の老化だというが、薬の服用を始めてから母の老化は進んだ。皺は深くなり、髪は薄くなった母は千葉の亡くなった祖母に似てきた。

そう、あの時から続けた薬の服用から五年経ち、正常値が安定してきた母は、聖なる夜に薬の服用から卒業した。

薬は食事から三時間空けて飲まなくてはならないという、酷く厄介な代物だった。薬の管理が如何にストレスフルか、昨年うつ病を患った今の私には痛いほどわかる。

私は神は信じないが、母の生命力の強さは信じている。子供の頃、両親にサンタクロース役を演じてもらったおかげで、毎年クリスマスが楽しみで仕方なかったし、事実二十五日には楽しい思い出しかない。

もし神が居るなら、私のことは良いので、どうか母へ。

神の御加護を。

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