もう大好きな彫刻ができないと思って涙が出た

うつ病の軽い再発に際し、已む無く転職した農作業員は、幸いにも病気の改善に貢献した。

秋も深まり、収穫するものが無くなり、我々作業員は解散した。先輩方は冬場特に労働することなく「冬眠」するらしい。彼らは既に年金を受け取る世代だし、「冬眠」に備え夏に蓄えているのだろう。

さて私はと言えば、冬の仕事も友人が紹介してくれるとのことだったので、何も考えず晩秋を迎えた。しかし、当該の求人は既に定員に達しているらしかった。仕方がないので山にでもリゾートバイト行けば、英語スキルのメンテナンスでもできるだろうと求人を漁っていた。

同時期に、弊地方の国際的スノーフェスティバルの模型制作及び大、中、小雪像の実制作のオファーも頂いていた。模型制作から雪での実制作までひと月程の隙間ができてしまう為断りかけたが、雪像製作以外の春迄の期間にも、病気に配慮した頻度で別の仕事にアサインしてくれると言うので、お世話になることにした。

当雪像制作隊は、地域の美術系の学生の手を借りて模型や実制作を行う。かつては私もその一人だったが、十数年経った今、同じポジションで学生たちと協力しながら模型を作成することとなった。

しかし、どうも体調が悪かった。学生に嫌な思いをして欲しくないので気を遣い過ぎたか、久々の粘土との格闘で脳が疲れたか、吐き気と頭痛的な症状があった。

その夜何故か、YouTubeでロンバケのダイジェスト動画を観た。ピアノを諦めかけたキムタクを山口智子が励ましていた。

大好きだった彫刻ができなくなったらしい自分と重ねて泣いた。

発病以降、復職や転職など環境が変わるたびに体調に支障をきたしたが、時間と慣れが解決してきた。どうやら今回もそれらしく、次第に症状はなくなった。思えば、農作業員に転職した時のみ、一切新しい環境との摩擦が無かったので、本当に精神疾患の治療と相性が良いのだろう。因みに、農業経営者は経営の苦悩からかうつ病患者は少なくない様だ。

やはり粘土弄りは楽しい。納期は嫌いだ。厳密に言うと納期のない労働などこの世には無いだろうが。

作品に完成はない。永遠に弄っていられる。パーフェクトにはならない。粗を探せば簡単に見つかる。トレードオフの関係にある質とスピードのバランスをエナジードリンクで保った

雪像の完成はいつも納期が決めてくれる。私は泣く泣く理想像と掛け離れた現実像を提出するだけだ。その良し悪しはお客様が決める。感じるのは完成の喜びではなく、労働からの開放感と妥協を認めた自責のアンビバレンス。

他の作家も同様な思いが有るのかは知らないが、喜びは完成にはなく、素材との戯れそのものにこそある。

只、まだつくることができる身体であったことは素直に喜ぼう。

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