∬ Takuma Tsuchidfa ∬
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嗚呼寒い
嗚呼寒い。 夏に読みそびれた「怪談特集」の小説雑誌を今更読んでいる。 ・ 嗚呼寒い。 コートを膝に掛け仕事をしている。女子社員は各々のブランケットを膝に掛け仕事をしている。 コロナ対策の為、ソーシャルディスタンスと通気性を意識した改装オフィスは、保温性の考慮を忘れられたらしい。 ・ 嗚呼寒い。 脚がずっと寒い。 化学繊維が苦手なのと、股間周りが蒸れるのが嫌で、ヒートテックも股引も履かない。 あまりに耐えられなければ、ホーズソックスを購入しよう。 スーツを着ている男性のズボン丈が短く、且つ靴下丈が短いと、靴下のリブとズボンの裾の間から覗く、すね毛と目が合いませんか。 ショートパンツ/ホットパンツの裾とオーバーニーソックスの間の「絶対領域」とは似て非なる、オヤジの「絶対領域」をカバーするのがホーズソックス。 素足にローファーを履くイタリアおやじが理解できない英国紳士は、すね毛をレディに見せてはならぬと、ホーズソックスと呼ばれる膝下丈のロングソックスを履いている。 それを防寒対策にできないかという算段だ。 ・ 嗚呼寒い。 何か温まるものを食したい。 にんにくと生姜の香りがパッケージ外に漏れている餃子が私を呼んだ。今月懐も寒いので、そのおつとめシールも魅力的に映った。レンチン、トースター、否、フライパンで再加熱だ。 賞味期限切れの醤油とラー油にそれを付けて、白飯にワンバウンドの後、口に運ぶ。カリカリと肉汁と唾液が混ざりかける時、適量の白飯に後を追わせる。 「間違いない」 スイーツは好きですか。ラーメンは好きですか。氷河期を乗り越えたホモ・サピエンスの末裔である我々は、「糖質/脂質は食える時に食えるだけ食って蓄えよ」とDNAレベルで指示されています。 こんな時間に食べちゃった?良いんです。冬を乗り越える為なんです。 食後のミントティー、薬用歯磨き粉、歯間ブラシにデンタルフロス、そしてマウスウォッシュ。私の月曜の吐息を、少しでも爽やかにしてください。 ・ 嗚呼寒い。 湯に浸かって大人しく寝ます。 皆様もどうか温かくしてご就寝を。
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メンズファッションの「いろは」の「い」或いは基本の「き」
読者から、ファッションのコーデなどの具体的な話も読みたいとの希望があり、暫く記事の内容に悩んでいる。 ブログの趣旨としては、情報発信ではなく、飽く迄、私の内面を出来るだけ客観的に、嘘のない範囲で脚色し、読者をエンターテインする随筆なのだ。 まあ、記事の幅が広がるのであれば、それも悪くないか。 30代以降の所謂大人の男のファッションは清潔感が最優先だ。 着る服の話だけではない。爪先から、頭の天辺までの話だ。 爪は伸びすぎていないか。黒ずんでいないか。パートナーがいれば、或いは居なくとも、あなたがそれに相応しい紳士ならば、その手で、指先で、あなたの大事な人に触れるかも知れないのだから。 髪は伸びすぎていないか。刈り上げている箇所があるなら、理想的には2週に1回、最低3週に1回美容室に行きたい。家計が、或いはそれを握るパートナーがそれを許してくれないのなら、「『こんなボサボサ頭が私の夫と思われたくない』と思う一歩手前で、美容室に行く時間とお金を私に下さい」と依頼しよう。 「汚い夫を連れていると思われる」、「会社で夫が不潔と思われている」状態を望む奥様はいないはずだ。万が一居れば、それはあなたに対して愛情がないか、あなたの稼ぎが余程不十分かのいずれかだ。 因みに、トップのボリュームが無く、サイドのボリュームがあり過ぎると、実際はハゲていなくても、近い印象になり、即ち、あなたの見た目年齢を不必要に、或いは、悪い意味で、上げることになる。髪質にもよるが、サイドを刈り上げたリ、セットでトップにボリュームをつけたりしよう。 腹は出ていないか。どんなに上質な生地を使い、シルエットもエレガントな洋服も、マネキンの体型がイケていなければ台無しだ。私も、腹は出ていないが、かなり痩せ型で、もう少し胸板があれば、ワイシャツやスーツを来た時の、シルエットや似合い方に改善が見られると思う。 幸せ太り?羨ましい限り。雪が来る前に週一で良い。ジョギングを。 最後に一番大事なことをお伝えする。 「あなたの内面が格好良いか」 彫刻の様な筋肉を纏い、体型にジャストフットしたシャツとスーツを仕立て、タイ、靴下、ベルト、靴の色/素材の組み合わせに成功しても、確かに外見のファッションは満点かも知れないが、 内面がイケていないことがバレれば、負のギャップで「ギャップ萌え」ならぬ、「ギャップ萎え」である。 え?具体的なコーデのコツが知りたいって? まずはここに記した大前提をクリアしよう。 以上で、今回の講義を終わる。 メンズファッション講師 Takuma 〜自身のことを棚にあげて〜
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人混みの作法
ウチもリモートワークできる者はしていたが、業務によっては許されなかった。 私はと言えば、1日だけテストで在宅させられたが、取り敢えず腰が痛かった。 「オフィスチェアですけど何か」とでも言いたげな、あの可愛げのないアイツらも、割と我々の腰には優しい、良い奴だったことに気が付いた。 まだ在宅だという方も一定数おられるだろうが、出社に戻ったなんて場合もあるだろう。取り敢えず統計的な数値の話がしたいわけではないので、その辺はググって下さい。 身の周りで「リモート体験アンケート」を取ると、家族がいる者は「リモート最高!」、一人暮らしの者は「早く出社したい」となっていた。サンプル数が少な過ぎるので、反例があればどしどしお寄せを。 アンケート結果の例に漏れず、私は出社派だ。通勤中の街の風景、地下鉄内の人間、全ては良き刺激。適度なストレス。 リモート疲れの進行は…例えば、 「リモート最高!通勤時間何て無駄だった!」⇨「これいつまで続くの?」⇨「近所以外行動したい」⇨「仕事とプライベートの切り替えが上手くできない」⇨「通勤時間もプライベート→仕事へのシフトに必要なルーティーンだったんだ」⇨「出社したい」 …なんてことが起きていたかも知れない。 ずっと出社していると、確かにストレスだよ。通勤は。 兎に角人混み(ゴミ)がストレス。いや私もその「ゴミ」を構成する一員なんだが。 普通に歩行していれば、人々は、互いに、対向車(者)の進行方向と速度から、すれ違う瞬間の座標を割り出し、自身の向かう方向や速さを微調整して衝突を回避する。 ツイッターのまとめでよく見る、「『すれ違い様にぶつかった際の各国民の反応』を調査した者が、日本人に実験を行った時だけ、躱(かわ)すのが上手過ぎてぶつかれず、『彼らは忍者』という結論に至った」からもわかるように、日本人は、高人口密度での歩行が世界的にも得意らしい。 しかし、スマホ歩きしている奴は、対向者に、進行方向/速度の調整のコストを全て押し付けていて嫌いだ。 序(つい)でにもう一つ、傘を水平に持つ奴が嫌い。 同じことを三谷幸喜が言っていた。彼は敢えて刺さりに行き、「危ないじゃないですか」と意見するのだそうだ。 これも同じこと。後ろを歩く者に、鋭利な物の危険を回避しながら、歩行または追い越しをするコストを押し付けている。もっと言うと丁度子供の頭の高さで、割と危険だ。 忍者たる者、常に周囲を見ながら歩行し、侍たる者、刀(傘は)垂直に持たれよ。 本日も御出社ですか?お疲れ様です。シュートしないシューティングゲームの如く、敵機に当たらぬ様、ご出勤下さい。
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ワインの染み抜きによる脳機能の正常稼動確認及びその活用のすゝめ
ウチもコロナの影響受け、私の所属の業務もガラリと変わった。 新たな業務内容を覚えるのに食い入る様に研修を受ける。 この業務を安定離陸、安定稼働させなくてはと、上下関係なく皆必死だったと思う。 割と代わりなどいくらでも居るウチで、かなり珍しい光景だった。 まだまだ若いチームだが、気付けば一定の安定稼働をしている。 ウチは、大小様々な業務あり、使い勝手の良いと言えば、「私が優秀」みたいに聞こえるが、 取り敢えず、タオルにも、台拭きにも、雑巾にも使えそうな私みたいな者は、状況に応じ、布巾になったり、枕カバーになったりすることが多く、 担当業務が変わる度、「自分みたいなおっさんに、新しい知識なんか入るんだろうか」と不安になりながら、何とか役目をこなしている。 この度の業務も、ある種慣れた分野。 今までは、白いトラウザーズについたワインの染みを、叩いて、裏に当てた布にワインの色を移す、その裏布役だったが、 今回は、叩く側の布だ。大方業務スキルはあるが、裏と表では若干勝手が違う。 (流石に仕事の詳細は書けないので、隠喩の多用で訳わかりませんが、賢い皆さん、ついてきてください。何で、布で例え出したのかはよくわかりません。) そんな「叩き屋」も1クオーター程経っただろうか。 毎度の如く、新しい知識が頭に入るか不安だったが、気付けば必死に染み抜きをしている。やたら老いの話ばかりして申し訳ないが、老いや体力の衰えを感じてくると、やっぱり不安な訳だ。何とか新しい知識を入れ、スキルが向上していく自らを見るとほっとする。 丁度、彫刻家が、新しい頭像を作り始め、中々形が決まらず、「あれ、俺めっちゃ彫刻下手なんじゃないか」と不安と焦りと水分と粘土を捏ねくり回していると、気付けば形になって、少しほっとする様に。 「現状維持は後退と同義」などと使い古された自己啓発フレーズじゃないけど、前進/進歩している実感というのは非常に大事だと思った次第。 まだ、機能しているらしいこの頭でこれから何をしようか。 中島敦の名言を、敢えて前後を逆にしてあなたに贈ろう。 「人生は何事かをなすにはあまりにも短いが、何事もなさぬにはあまりにも長い。」
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贈り物の正解
贈り物を貰った。 正確に言うとお詫びの品だが、「私が喜びそうな物」と一生懸命選んでくださったのが伝わり嬉しかった。 贈り物もなかなかセンスを問われる。いや、私が勝手にプレッシャーを感じているだけかも知れない。ま、気持ちなので、そんなに気張らなくて良いかもしれないが、できれば喜んでいただきたい。 形に残ってしまうものも、お相手の趣味と合わなければご迷惑。かといって、食べ物も無難すぎる。いやそうでもないか。自分の好きなものは皆好きだろうと、抹茶嫌いの方に抹茶スイーツを、レーズン嫌いな方にそれを使ったクッキーサンドを贈った前科のある者としては、食べ物も決して無難ではない。お前の観察眼が無いだけだろうというツッコミは甘んじて受け入れる。 ある奥様は、ご主人とお付き合いしていた頃に貰った「こだわりの鉛筆」が嬉しかったそうだ。気の利いたお洒落な物を貰っていたら、きっと何とも思わなかったと。「鉛筆」だから響いたのだと。 季節やその人の服に合いそうなストールを贈ったり、寒い季節にバスソルトを差し上げたり、乾燥肌のあなたにハンドクリームをプレゼントしたり、私が、あの手この手で気持ちを繋ごうと必死になっている一方で、鉛筆で心を動かす者が居る。嗚呼、贈り物の正解とは。 昔、彼女の買い物に付き合わされ、色々店を回った。その日は本当に寝不足で、「偶の休みに奥さんの買い物に付き合わされるというのはこんな感じなのかな」などと思いながら、嫌々付き合っていた。何度も試着を繰り返し、当然買うものと思っていたが、「いいの」だそうだ。よくわからない。 忘れた頃に、クリスマスを迎え、彼女にバッグと手編みのマフラーを貰った。確かに「いいな」と思ったバッグだったが、何故わかるのか。曰く、私は余程「いいな」と思わない限り、物を手に取らない様で、あの日、私はそのバッグを手に取ったらしい。 私は完全にやらかした。 彼女が試着しまくって買わなかった、「アレ」を買って、クリスマスプレゼントとして上げなくてはならなかったのだ。 時間の無かった私は、彼女の研究分野の書籍と、セレクトショップで見つけた「私の」好みのお椀を贈った。彼女が綺麗に敷いた伏線を、綺麗に踏み外して聖なる夜を迎えた。がっかりしたと思うけど、怒られることはなかった。 近年、ミニマリストとまでは言わなくとも、シンプリスト、つまり物を持たないライフスタイルが流行し、私自身、中々形に残ってしまう物を送れないし、贈られるのも困ると思っていた。 私はお察しの通り拘りが強く、自分が気に入った物しか所有しない。 今回、何だか、形に残る物を貰ってしまったが、「私が喜びそうな」物を一生懸命選んだ結果なのがよくわかって、大変有り難かった。 その人を想って選んだその時間や気持ちが大事。その人を想って選んだ「鉛筆」だから心を動かす。 取り敢えず、私みたいな鈍感な男には、Amazon Standard Identification Number で欲しいものを指定してください。然もなくば、謎の食器をプレゼントします。
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心というものに手を触れてみる
芸術を囓(かじ)った者として、出来れば作品を通し、鑑賞者の共感/理解を得たいと思う。 こちらは心の中を正直に出力しているのだから、シンクロ率100%でなくとも、「なんか好きかも」で良いから、少しだけでも鑑賞者の心に触れられたらと願う。 英語で「私は感動した」を “I was moved” 又は “I was touched” と言う。 二つの用法の厳密な違いはさて置き、私の願い「鑑賞者の心に『タッチ』できたら」は、上記英文の通り、「鑑賞者を感動させられたら」とほぼ同義だが、感覚的には「触れる」が正確なワードチョイスだと思う。 近年、作品を発表する機会は少ないが、その限られた機会に、わざわざ足を運んでくださる方々、中には丁寧に感想をお寄せ頂ける方々もおり、大変有り難い。 その人の心にタッチするものが僅かでもあったのなら、そんなに嬉しいことはない。 普段は会社員として生活している訳で、当然、「私の行為全てが『作品』だ」なんて思う訳はないんだが、善意(少なくとも悪意なく)出力していいる言動が、理解して貰えなかったり、毛嫌いされるととても悲しい。 万人に好かれようなどと微塵も思っていないが、悪意のない言動が受け容れられないとシンプルに悲しい。これは自分勝手で、「悪意のない自分の言動は受け容れられるべきなのに、なんで受け容れて貰えないんだ」という怒りが形を変えた「悲しみ」である。 そう自分勝手で、その他人からしたら知ったこっちゃない訳だ。 コロナ別れした彼女に、別れの一歩手前で、今までの不満を纏めて頂戴した。 コロナにナーバスになる彼女を安心させようと「感染の確率は、交通事故に合うより低いみたいだから」とか、 コロナの影響で仕事が減った私に反し、仕事の特性上、寧ろ忙しくなって疲れて愚痴を零した彼女に「いいな、仕事あって」などと無邪気に言ったり、 そんなことが、彼女の気持ちを逆撫でしたらしい。 「悪気があって言った訳じゃないんだよね」と言い訳じみた事を言うと、「悪気がなければ何でも言って言い訳じゃないから」という回答。 世の中の「緊急事態」が我々の「合わなさ」を発露した結果となった。年頃の我々としては、早期発見に至り、寧ろそれで良かったのだろう。 仕事でも、チームの為にと積極的に発言/行動しても、「出しゃばり」と揶揄されてしまったり。 自分の中の恋人候補達へのアクションが、恐らく下手で、気持ち悪がられたり、警戒されたり(恋愛偏差値低めの自分にかなりの非があると思うが)。 教員時代も生徒に理解されず苦しんだ。こんなに皆んなの成長を願って頑張っているのに。恐らく、出力方法に拙さが目立ったのだと思う。どんなに理念/信念が素晴らしくても、それが伝わり、効果がなければ、それは無に等しい。 私の「善意」、「素直」、「正直」が受け容れられないことは多分にある。皆もそうなのだろうか。いや、私だけか。 「作品」ではないが、共感/理解は得たい。 自分が「正解」だと思う出力結果で、あなたにタッチできないのであれば、それはもう仕方がない。 私の伝えるスキルが足りないか、あなたの理解力が足りないか、私の「正解」がそもそも間違っているか、そもそも、少なくとも、今は分かり合える段階にいないか、 そのどれかだ。 どうか、私の生み出すもの達よ。今でなくても、未来でも、みんなでなくても、一人でも、 どうか伝わってください。 私の言葉があなたの心に触れた時、或いはその逆の時、更には、それが同時に起こった時、 少しだけ、「この世も捨ててものではないな」と思う。 あなたの心に少しは触れられただろうか。今日も読んでくれて有難う。
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母も女
妹も家に居たので、私が高校生の時か、もっと前だったか。 ・ 母の言動から「嫌なもの」を感じた。 ・ 「嫌なもの」を解消すべく、他に誰も居ないことを確認し母の部屋を訪ねる。 ・ 私には只ならぬ確信があり、母に真実を尋ねるのでなく、まずは抱擁を懇願した。 ・ その温かい抱擁はいつも通りだったが、それがある種最後かも知れないのをわかって、それを懇願したのだ。 ・ 母は、私がそれを察知して抱擁を求めたことを理解してか、私が尋ねる前に、恐ろしい程躊躇いなく、あっけらかんとそれを口にした。 ・ 母は好きな男ができ、来月家を出るのだという。 ・ 既にそれを確信していた私は、それに対するショックより、その期待に胸膨らます、初めて見る母の女の顔に驚愕した。 ・ そのやり取りを、恐らくぎりぎりき聞かれていないタイミングで、妹が部屋の前を通過した。 ・ 「母と息子が何をこそこそと」、という冷たい視線だけ我々に送り、自分の部屋に入っていった。 ・ 私は、母の為というより、自分の為に、我々のいる部屋のドアを閉めた。 ・ ・ ・ ・ ・ というところで目が覚めました。 ええ、すみません。夢オチです。 今でこそ、職場の恋愛や不倫をいち早く察知するセンサーを備えていますが、仮に当時、上記の様なことがあっても、母から真実を気聞く時は恐らく寝耳に水でしょう。 夢の中の母親はまだ若かったです。自分の恋愛嗅覚が発達している点だけ、構成に無理がありますね。 まだ早いので、もう一眠りします。もう少し、マシな夢カセットを入れて。嘘。普通に寝たいです。 【ドラえもん のび太と夢幻三剣士】 【気ままに夢見る機とアクセサリー・セット】
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自殺について 其の壱
俳優 竹内結子さん死去 40歳 本件、情報が文字通り「NEW(S)」過ぎて、自殺との断定はできないので、「一般的に自殺なんて悲しい出来事が無くなれば良いですよね」という話をすると思って聞いてください。 「死にたい」と思ったことはありますか。 私は多分ない。 「多分」と言ったのは「死んだら楽になるだろうな」と思ったことはあるからだ。 大学院浪人の2年目。1浪目で全てを出し切って、恐らく燃え尽きていたが、他の道も無く(視野が狭くなっていたので本当は有るが、本人の主観的には)、継続して浪人生活を送っていた。志望校を諦めて、彼女にも振られ、「大事な人を同時に二人亡くした様な心境」と言ってしまうと言い過ぎかもしれないが、「絶望」と言う言葉が似合っていた。 【希望と絶望】 流石に全くバイトもしないで浪人生活を送るのも申し訳なかったので、憧れていた「ビルの窓拭き」の求人に応募した。学生時代はワンダーフォーゲル部に所属していた。只のトレッキングだけではなく、夏はロープクライミングが必要な沢登りをしたり、冬はスキーで登り、氷点下のテントでの寝泊まりもした。そんな経験もあり、ロープを操り、ビルの窓ガラスをワイパーで綺麗にしていく、ガラス清掃に格好良さを見出した。ガラス清掃員の書いた小説なんかも読んだ。 面接に呼ばれた私は、指定のススキノの外れにある汚いビルの地下にある事務所のドアをノックした。作業着の40くらいのおっさんに面接され、最初の現場の日付が決まった。面接結果は後日知らされるものと思っていた私は、すんなり採用が決まり肩透かしを食らった。 後からわかったが、この面接官がほぼワンマンで現場を回していた。つまり、コイツに気に入られるかどうかで、仕事のやり易さが決まる。名前は忘れたのでAさんと呼ぶ。 初現場は、年度の切り替わりだったので、地方の小学校の床のワックスがけの仕事だった。ガラス清掃を謳っていたが、建物の清掃全般を請け負っていた。初めに、汚れや古いワックスを溶かす溶剤の様なものをブチまける。私みたいな下っ端は、長い柄のワイパーでその汚水をチリトリで掻き集め、プラスチックバケツに集めていく。一定距離進むと、自分の来た道をモップ掛けする。更にその後を、汚水をバキュームする掃除機が追ってきていた気がするが、記憶が曖昧だ。 昼飯を取った後、汚れを取った後の廊下が乾いたら、ワックスを掛ける。Aさんがワックス掛けをする、デカイ円盤の付いた機械を操作する。私はその作業が円滑に進む様に、それが電源を取るコードを避けたり、束ねたりした。丁度、カメラアシスタントが、カメラマンが操作するカメラのケーブルを携えている様に。 その初現場の帰りの車で、「やっぱり美術やってるから道具の扱いが上手いね」と褒められた。その評価が段々落ちてから、私はAさんの言葉の暴力に追い詰められていく。 結論、私はその仕事に向かなかった。必要最低限の筋力もなければ、技術もなかった。最初私一人だった従業員は、いつしか三名に増えていた。 Bさんという、私の一つ上の24歳女性。どうやら子供を産んだばかりらしいが、家計の事情か、シングルマザーなのか、仕事を共にした。何故この仕事なのかは全く謎だった。まだ母乳をあげていてもおかしくない時期だったとは思うが、休憩時間はAさんと同じく煙草をふかし、いつも顔色が悪かった。只、すっぴんだったからかもしれないが、その顔色の悪さが煙草に起因している様に、私には見えた。同じ要因で、年齢の割にほうれい線の存在感が強かった。 もう一人のショートカットの女子大学生は、柔道をしていて体力に自信があるらしかった。「女子大生」と書いてしまったが、そのワードで想像される量産型の女の子とは似ても似つかないキャラクターなので、谷亮子に描き直して欲しい。 彼女らが女性だからか、私の技術が彼女らより劣っていたからか、まあ、普通に後者だとは思うが、私は頻繁に怒鳴られた。だが恐らく、Aさんは、彼女らが同じクオリティで仕事をしても、注意はするにせよ、私に対する様に怒鳴りはしないだろう。 この辺りは、また別の記事を書きたいのだが、私は行き過ぎた男性社会が苦手だ。嫌いだとまで言っていいかもしれない。 ウチは業界で最小最弱の会社で、よく他社の人手が足りない時、その現場に派遣された。 「あれ?Aさん。また、若いの辞めたんですか?」 「最近の若いのは根性無くてダメだね。」 心の底から、「お前のせいだろ」と思った。 それまでの短い人生で、「物事は努力や忍耐により一定の改善は可能だ」と思っていたので、自分の技術の向上のしなさや、Aさんのパワハラに何とか耐えていたが、やはり限度があった。 本業の彫刻の制作の為、大学のへ向かう電車を待っていた。 「あれに飛び込んだら楽になれるんだろうな」 2回の不合格、失恋、職場のパワハラを掛け算した心理状態の私に、一瞬そんな考えが過ぎった。 私は飛び込まなかった。 まだ自分が可愛かった。自分の状況は確かに苦しかったが、どこかこの悲劇に酔っている自分を俯瞰している自分が「お前悲劇に酔っているだけで自殺する勇気とかないだろ」と言っていた気もする。 最後の現場で、BさんがAさんの隙を見て私に話しかけた。 「大丈夫?辛くない?」 「今日を最後に辞めようと思います。」 「ならよかった。私、Aさんがあなたに怒るの嫌だったんだよね。」 休憩中の車内で、Aさんに退職を申し出た。Bさんも「谷亮子」も居たが、このタイミングしかないと思い意を決した。 「Aさん、お話があるんですが。」 「何よ。」 「これ以上働いてもご迷惑しか掛けないと思うので、本日で退職させてください。」 「そうだな。Bさんや『谷』さんに比べて、ずっと上手くならないもんな。」 緊張で、綺麗に声が震えた。下手(したて)に出て退職を勝ち取った。 Aはバツ2らしく、よくそれを誇らしげに語った。ここからは、私の全く勝手な想像だが、Aは過去2人の女性を家庭内暴力で疲弊させ、バツ2のスペックを博した。彼女らが離婚を切り出す時、私と同じ様に声を震わせたのかも知れない。 余談だが、女性の「性的興奮」と「恐怖」を受容する回路は共通しているらしい。世に溢れる、DV男とメンヘラ女のエンドレスな別れと出会いの繰り返しは、お互い「ダメ、ゼッタイ」とわかっていながらまた手を出してしまう危険ドラッグなのかも知れない。 後日、指定の現場に仕事道具の返却に行った。Aに道具を渡し、「短い間でしたが、お世話になりました。」と心にも無い挨拶をした。それをわかってかどうかは知らないが、Aは華麗にそれを無視。Bさんも「谷」さんもそれに倣った。これからもAの下で働くなら妥当な判断だ。 その足で事務所に行き、事務員に「退職届を出したいんですが」と伝えた。 「Aと合わなかった?辞める系の人は大体そうなんだよね。」わかっていてそのアラートを上げないのも如何なものかと思うが、この矮小企業では、全てに目を瞑り、己のロールのみ演じるのが生きる術なのだろう。 「あいつのことは忘れてください。」その事務員の微妙に優しさとは受け取れない、最後の気遣いに「只単に職業選択に失敗しただけ」であることを悟った。 労働環境としては最低だった。パワハラに加え、偶に、「使用済み雑巾の洗濯」というサービス残業をやらされた。忘れかけていたこの経験だが、これと比較したら今の会社は、多少の不満はあれど、限りなくホワイトに近い。いやウソ。不満は無い。妥当な給料かそれ以上に貰っている。 当時、私は幸いにも実家に居て、本件について愚痴もこぼした。大学の後輩にも話を聞いてもらった。 この時期だったと思う。何の話の流れだったかは忘れたが、親父に「いっそ死んだら楽になれるのかな」と悪い冗談にも程が有る質問を投げかけた。この悪るすぎる冗談に、「折角育てたのにそれは悲しいな」という愛で返してもらった。親父を試す様な質問をしてしまって申し訳ないと思った。 自分を辛うじて客観視できた若干の余裕、私の愚痴を少しでも聞いてくれた周囲の人間や、「まだ自分が可愛い」と思える自尊心を持たせてくれた両親には感謝しなくてはならない。 視野の狭さは命取りだ。この仕事しかない。この仕事は辞められない。この人と離婚する選択は無い。この恋人が居ない人生なんて考えられない。 視野が狭くなった時、自分に森田一義の言葉を贈ろう。「んなこたない。」
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過保護と愛情/マザコンと親孝行 その境界に関する一考察
以前、【母】にも記した通り、私の母親は「平均より」過保護だったと思っている。 貧乏性と言って良いかわからないが、捨てられない人である。祖母もそうなので、一般的な話だとは思うが、お店で貰った紙袋を必要以上に溜め込んでいるようなタイプだ。 同種のマインドからの行動かは不明だが、母はスーパーで下着かパジャマが安売りされていると決まって、父と私のものを買って帰った。 私が実家にいる間は、その購買行動は継続した様に思う。それは何に起因するものなのだろうか。愛、過保護、過干渉、貧乏性。 或いは私の考え過ぎか。只の節約マインドか。 とは言え、私はその購買行動が嫌だった。「買ってきたんだけど、嫌だったら返してもいいから、これどう?」と、断る側のコスト無視した、悪気の無い愛情をくれた。 反抗期的な断りを入れることもあれば、呆れ顔で丁重に断る余裕のある時もあった。 なんだろう。たかがパンツだが、実家を出るまで母親に自分の「下半身」の面倒を見られていた訳だから、まあまあ気持ち悪い話かもしれない。 一方、有難い贈り物を頂く場合もある。アイルランドの生活で、和食を断って半年、異常に出汁の味に飢えた。母から送られてきたインスタントの味噌汁が、クソほど美味かった。我々の胃袋は祖国の味に抗えない。自作のパスタやサンドイッチに飽きた私は、半年ぶりに出汁に有り付いて、無自覚だった出汁中毒を自覚した。 今でも実家に帰った際、或いは逆に、何かの用で母が私のアパートを訪れる際、こさえたご飯のオカズをタッパーでもらう。食費にあまり金を掛けない私としては有難い。母は恐らく長生きするのだろうが、親の作った飯を食える回数だって限りがある訳だから、有り難く頂きたい。 とあるデートで、この母親によるフードデリバリーの話をしたら、異常にマザコンを疑われた。彼女は、シングルマザーの一人娘として育てられ、母の過干渉から逃れるため、一度高校生の時に家出をしたらしい。成る程、そういうマインドの人であれば、私の様な歳上の男が、母の作った飯を有り難く頂いている事に気持ち悪さを覚えるのだろうか。或いは、恋愛初期でする話ではなかったか。四度目以降のデートの機会を失った。 先日、彼らがこちらに用事があった為、私の自宅で両親と甥と昼飯を食べた。例の若く、タッパー詰めのおかずを有り難く頂戴した。 弁当のおかずのストックを一部切らしていた為、早速翌日の弁当に登場させた。 昼休み、偶々女子社員と一緒に食べ、まんまと弁当を褒められた。私の中のリスク管理担当が、「一部『お惣菜』だけどね」というコメントを出力候補として提示したので、私はそれに従った。 母の過保護を起点とした共依存からは逃れなくてはならないが、私の健康を気遣う愛情と、単純に美味いその飯は恥ずべきものではなく、有り難く享受したい。 スタイルが安定してきた私の外側のファッションとは対照的に、下着のセンスは未熟なままだ。未だに履くべきパンツがわからない。ファッション系Youtuberも私の様な困った視聴者を想定していないらしい。
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私は上手く「大人」を演じられているだろうか
モデル事務所に所属して、実際に起用された案件は1件のみ。「経済的な」本業の合間を縫わなきゃいけないのと、クライアント様からご指名頂けるのは稀で、多くはオーディションというコンペティションで優勝しなくてはならないという、厳しい世界なので不満なんてものは無い。 とは言え、箸にも棒にも爪楊枝にも藁にも引っ掛からないのも癪だし、この世界に足を突っ込んだからには、自分のペースで良いから前進したい。 事務所のオーディションレッスンなるものがあるので、先月から受講している。所謂演技レッスンだ。発声練習、早口言葉、ジャスチャーゲーム、その他実践的なシチュエーション演技。 本日のレッスンは、細かい練習はなく、一コマ通してある台本の演技を繰り返した。 高校の卒業式の最後のホームルームにて、教師が、生徒に10年後が期限の宿題を出すシーンだ。 教師は生徒に、自身がどんな大人になっているかと投げかける。生徒たちは、口々に、自分たちの嫌な大人像を並べ、大人になりたくないと反応する。 「疲れている大人。嘘つき。お金。悪口。他人の不幸の嘲笑。他人の目。」 教師役の私達大人モデル(キッズモデルの対義語としてアダルトモデルなるワードが存在するか確認したら、似て非なるもの達が検索結果として出てきたので、一旦この語を使用します)に与えられた、肝となるセリフが以下。 「人って不思議なことに大人になると、かつて自分が子供だったことを忘れるし、子供の頃思い描いていた夢も簡単に忘れてしまうんだ。魔法の言葉を唱えて…。」 「『しょうがない』、『社会が悪い』、『みんなしてることだから』そんな魔法の言葉だ。これから先、みんなが行く先にはたくさんの壁があるぞ!壁を乗り越えられなかった時つい、魔法の言葉を使いたくなる。だけど、それを使った瞬間に君たちは君たちの嫌いな大人になる。」 この教師(若しくはこの脚本家)の持論の正否はともかく、この生徒達が嫌っている大人像はグサグサ胸に突き刺さる。結講自分がそんな大人かも知れないからだ。 片足突っ込んだ教員の道を割とすぐ引っ込めた私の演技は散々だっただろうが、当時の自己矛盾を思い出した。いや、今もそうである可能性は拭えないんだが。 生徒が憧れる存在である教師が輝いていなければ、説得力がない。教師がイキイキ働いていなければ、生徒達は、いずれ解き放たれる社会や、いずれ彼らがなる大人に成りたいと思いようがない。私が足を突っ込んでいたのは1年程度だから、彼らを魅せるスキルも経験もなかったと自分を慰めることにするが。 ただ、マイノリティな生徒にはモテた。昼休み美術室を解放し、黒板に自由に絵を描かせたり、窓際に転がっているガラクタで積み木をしたり。来客は主に、不登校を克服した子、発達障害を持った子、コミュニケーションの苦手な子、リスカ跡がある子。 私自身、マイノリティの自覚があるので、基本的に他人に寛容でいるつもりだ。「優しい」と好意的に表現してくれる人もいるが、世間に紛れている「自分みたいな不器用な人間」を受け容れないと、自分もきっと受け容れてもらえないという、なんとも消極的な理由が生んだ「優しさ」だと思っている。 教員生活は、本当にハマらなくて苦しんだが、昼休み居場所のない彼らの居場所を作ってあげられたことが唯一の誇りだ。 よっぽど教員に向いていないと周りからも思われていたのだろう。心優しい先生が「教員に拘らなくてもいいと思うよ」と、英語の教員免許を取る口実で実家に戻った私に手紙をくれた。 あなたは胸を張って「大人っていいだろ?」と子供達に言えますか。その宿題、私はもう10年延期して頂けないでしょうか。 すみません。次回は、もう少し演技に集中します。









