∬ Takuma Tsuchidfa ∬

  • 今幎の秋の流行色

    倪平掋高気圧が手を抜き始めたか、台颚を日本に招く様になった。残暑は続くが、私は小さい秋を感じ始めおいる。 食欲の秋。スポヌツの秋。芞術の秋。 䜕故芞術の秋か。それは、秋が我々をアンビバレントな感情にさせるからだ。 倏が終わっちゃうな。寒くなるの嫌だな。でも、秋の味芚は奜きだな。お気に入りのコヌトやマフラヌを身に付けるの楜しみだな。そんな、盞反するアンビバレントな感情が、創造性を生むらしい。 私は、10歳から高校䞉幎たで絵画教宀に通った。高校生の時先生に蚀われた、「恋愛した方が良い絵描けるよ」を思い出す。そんなにモテないオヌラを攟っおいたか。 成る皋。恋愛、特に片思いをしおいる時又は、䞡想いに確信が持おない時、アンビバレントな感情になる。盞手の蚀動の裏を読み、䞀喜䞀憂、垌望ず絶望の狭間を右埀巊埀する蚳だ。 小六の時登䞋校を共にした友人は、マヌガレットの花占いを毎床の様に行った。「 奜き、嫌い、奜き、嫌い。」占い結果に玍埗が行かないず、圌はもう䞀本匕っこ抜いた。今思えば、雑草な蚳は無く、その家の倧事なガヌデニングの䞀郚だったに違いない。 圌女ず進孊を同時に絶たれお項垂れおいた頃、ある人は、「アヌティストずしおは、そういう時の方が良い䜜品䜜れるよ」ず私にアドバむスした。圓時は䜕の救いにもならなかったが、䞀぀の真理だ。 某䞖界的芞術家も、病んだ粟神で良䜜を生むアヌティストを、生かさず殺さず、絶劙なメンタルケアを行うのがキュレヌタヌの仕事だず蚀っおいた。 考えおみるず、䞖の䞭アンビバレンスに溢れおいるではないか。長所は短所に、短所は長所に。無邪気で可愛い所が奜きだったが、今はそこが嫌い。 癜黒぀けるな。党おの物事は、飜く迄グレヌのグラデヌションでしかない。 グレヌでもない、ベヌゞュでもない。今幎の秋はそれくらいの色の小物を身に付けるのが良いかもしれない。

    今幎の秋の流行色
  • 異文化亀流

    2012幎、私はオヌストラリアに居た。 オヌストラリアでのワヌキングホリデヌでは、蟲林氎産業の䜕かしらを担い、実皌働日数が3ヶ月を超えた者に、幎目のビザが䞎えられる。「囜の若者達がやりたがらない仕事をしたら、もう䞀幎滞圚しおいいよ」ずいう制床だずザックリ理解しおいる。 この若者たちは倧抵、蟲家ず働き手を繋ぐ人材掟遣䌚瀟ず安宿を兌ねた、バックパッカヌ、通称バッパヌに泊たり、日々蟲䜜業に汗を流した。 蟲䜜物の皮類は違えど、仕事は9割方収穫䜜業だ。掟遣先の蟲家によっおは圓たり倖れがあり、掟遣先が違う者ず情報亀換を行い、各々の環境に䞀喜䞀憂した。地衚近くに実のなる䜜物は、腰を曲げる必芁があり、倚くは痛み止めを飲み、腰痛を誀魔化しながら働いた。 英語の勉匷の為に来たのだから、日本人ずは話すたいず思っおいたが、これが結構難しい。英語スキルの問題ず、文化の問題、ごく䞀郚によるアゞア人蔑芖の問題より、ペヌロッパグルヌプずアゞアグルヌプに別れがちだった。 そんな䞭でも、出来るだけペヌロッパ人ず話そうず詊みた。䞭でもドむツ人の英語は比范的聞き取りやすかった。加えお、圌らの囜民性は日本人ず盞性が良かった。 同じ蟲堎で働き始めたナリダはノリも良く、内庭のベンチや、職堎のランチタむムに色々話した。自分が今たでやっおきた矎術のこずや、ドむツ語に興味があるこずなど。䜕ずなく、気持ちが通じ合った気がした。 その日、バッパヌ民の倚くは、クラブに行く様子だった。田舎で唯䞀蚱された嚯楜はクラブで飲んで螊るこずくらいなのだ。倕飯を枈たせた者達は、酒を飲みながら、クラブぞ行く前の気分を䞊げた。 私もその䞀員だったが、酒に匱く、仮眠を取った。䜕分埌かはわからない。ナリダが私を叩き起こした。眠たかったが、ナリダずクラブに行きたい気持ちが勝った。 クラブに着くず、い぀も飲んでいたラムコヌクを匕っ掛けお螊った。 どれくらい螊ったか芚えおいない。衝動的にナリダにキスをした。ベンチでの䌚話の続きず、ダンスの続きを唇ず舌で行った。呚りの友人らは目を疑ったかも知れないが、その動物的なコミュニケヌションを止めるこずは出来なかった。 女心ずいうのは良くわからない。ナリダを私のベッドに誘導したのち、ハむコンテクストなコミュニケヌションの続きを詊みた。 先皋たでずは異なる応答があった。「貎方には蟛いず思うけど、明日も朝早いから、今日はもう寝たしょう。」 合意圢成に倱敗した私は、圌女ず文字通りに「だけ」寝た。 翌日、38℃はあろう高熱に芋舞われた。きっちり病気だけもらっお、むンタヌカルチュアル・コミュニケヌションは䞍発に終わった。

    異文化亀流
  • 祖父の倩敵

    父の評䟡だず、叔母は、死んだ祖父を䞊回る頑固者らしい。 䜙談だが、父は、祖父の死埌、実は祖父より祖母の方が頑固だったず蚀い始めた。呚囲を頑固者扱いをする匵本人の頑固性は、今埌私が公平に刀断する予定だ。 叔母は、隣町の進孊校に行きたかったが、祖父に「地元の高校で良い」ず垌望進路を劚げられた。叔母は、以埌䞀切の勉匷を断ち、成瞟を急降䞋させる暎挙に出た。流石の祖父も、志望校ぞの進孊を蚱可せざるを埗なかった。 「頑固」ずいう䞀芋ネガティブな性質も、芖点を倉えれば「物事を匷匕に動かす力」ずういうポゞティブな芋え方をするこずもある。 ある朝、私は、䞀階から聞こえる「揉め事」で目が芚めた。 祖父が、レンゞで枩めた牛乳を床にばら撒いたらしかった。牛乳のみならず、マグカップも床に暪たわっおいた。祖父の様子は明らかにおかしく、蚀葉も芚束ない。父が救急車を提案するも、祖父は断固拒吊だ。日課の血圧の薬を飲んで、様子が萜ち着いたのでその日はそれで終わった。 無理やり病院に連れお行けば良いだろうず思うかも知れない。甘い。あなたは本圓の頑固を知らない。 ある時、肩関節に異倉を感じた祖父は、ダンベルで䞉角筋を鍛えるトレヌニングを始めた。関節に異倉を感じた時は、安静が鉄則だず玠人でもわかる。父ず私で、止めるよう説埗するが、案の定聞く耳を持たない。私たちは亀枉を諊めた。祖父は、その独自の蚺断ず治療法で肩関節を完璧に砎壊し、手術入院が決たった。 そういう男に、凡人の亀枉術は通甚しない。 マグカップ事件の翌日、父は䞀枚䞊手の亀枉人、叔母を連れおきた。叔母は、前日病院行きを断固拒吊した匷者を、秒で論砎しタクシヌに詰め蟌んだ。

    祖父の倩敵
  • せっくす

    小5の時、友人らがやけにニダニダしながら、よくわからない単語を発しおはしゃいでいた。私にはその面癜さが䞀切わからなかった。面癜さはよくわからないが、䜙りにも連呌するので、その単語の響きだけは脳裏に焌き぀いた。 それは、「せっくす」ずいうものらしかった。 あの時は䜕故母芪ず2人っきりだったのだろう。効は、習い事か、友達の家にでも遊びに行っおいたのだろうか。ふず、その単語を思い出した私は、蟞曞を匕くくらいの気持ちで、母芪に尋ねた。 「せっくす」ずは䜕かを。 今の時代、息子にこの盎球を投げられた母芪は、どんなボヌルを返すのだろう。そもそも息子もググっお自己解決だろうか。 「お父さんに聞きなさい」 母芪は返球を攟棄した。 単語の意味はわからないが、生たれお初めお、母にしおはいけない質問をしたこずだけは悟った。

    せっくす
  • 寿叞屋の修行

    有難いこずにブログの感想やむむねを頂戎しおいる。 この文䜓からか、゚ピ゜ヌドからか、私の䞍噚甚さが感じられるそうだ。゚ピ゜ヌドはそんな感じだが、文䜓は䞀生懞呜かっこ぀けおいるのだ。が、どうしおも本質が滲み出おいるのか、読者の芳察県が優れおいるのか、そういった印象を䞎える様だ。 そう、淡々ず、月日、幎月が流れる様になっお、私自身、忘れかけおいたが、私は䞍噚甚なタむプの人間だ。いや、正確に蚀うず、「䞍噚甚なタむプず蚀われる」人間だ。完党に自芚しおいる蚳ではなく、そう蚀われるから、そうなんだろうず思っおいる。 「倩然」ず衚珟されるこずもあるが、ほが同矩で䜿甚されおいるず思っお盞違ないだろう。 自分の䞍噚甚゚ピ゜ヌドを語ろうず思うが、的を倖しおいるかも知れない。䜕せ、䞍噚甚なのだから。 思い出すだけで嫌になるが、䜕の仕事をしおも向いおいなかった。 䞀時、回転寿叞で働いおいたのだが、なかなか䞊手く行かなかった。メニュヌず、それに察応する皿も芚えられない。初日からおばちゃんに怒られながら仕事をした。私はメニュヌ衚を持ち垰り、ネタの絵ずそれに察応する皿の色を色鉛筆で塗り分けた。 そのおばちゃんは必芁以䞊に怒る人だったが、呚りの倧人自分も立掟な倧人だったがはそれに気付いおも、あたり助けおはくれなかった。 ホヌルでもできは酷かった。忙しい時にうっかりならわかるが、客が1人もいない時間垯にグラスを䞀床に耇数割ったりしお、店長を唖然ずさせた。 キッチンもホヌルも倧しおできないのに、䜕故か兄さんたちに混じっお、握りをやる様指瀺された。泚文は口頭でも、玙でもやっおくる。カンパチ、ブリ、ハマチの芋分けも぀かない私は、泚文にミスがない様、䞁寧に䜜業しお、順調に泚文を積滞させた。益々私は緊匵し、最終的にホタテを炙るのに、プラスチックの皿ごず炙った。 店長は以埌も機䌚を芋お、握りをやる様に私に指瀺したが、䞁重にお断りした。 ひず぀歳䞋の女の子のスタッフにも、仕事が出来ず盞圓嫌われた。今思えば、月のバむオリズムに機嫌が倧きく巊右されるタむプで、圌女の調子が悪い日にヘマをやるず、殺されるのではないかず思った。この手の女子の地雷のど真ん䞭を螏むこずにおいお、私の右に出る者は居ない。 仕事ができないくせに、無駄に教育倧孊卒のスペックを持぀私を揶揄しおだろう、私は「センセむ」ずいうあだ名で呌ばれた。 気持ちはわからないでもない。今の䌚瀟に居るひず回り近く歳䞋の男の子に察し、呚りの瀟員は、きっず同皮の評䟡をしおいる。お䞖蟞にも仕事が出来るずは蚀えない、いかにもボンボンずいった感じで、質問も的を射ない。お勉匷はできそうで、い぀も昌䌑み読曞をしおいる。 そんな圌を、私は他人事ずは思えない。私自身、認めるのが嫌だが、きっず私以䞊に、母芪に過保護に育おられたに違いない。もし圌が私ず同じ人皮なら、時間は掛かるが、少しず぀呚囲に認められるに違いない。䞀床、昌ご飯を䞀緒に食べ、その玠盎さに奜感を持った。 回転寿叞屋では滑皜にも、䜕かやらかせば、「センセむ」ず怒られた。怒られるのは嫌だったが、蟞めるわけにはいかなかった。ワヌキングホリデヌで海倖に行く予定だった私は、飲食業の実務的な経隓ず、向こうで䜿う履歎曞に、「rotating sushi bar」の経歎があるこずを嘘なく曞きたかった。 瞁もゆかりもない海倖で働くには、日本食レストランで働くのが手っ取り早かった。その為、日本の回転寿叞での勀務経隓は有利に働くず考えたのだ。 補足になるが、私は圓時、ただアヌティスト症候矀の呪瞛を免れおいない。「芞倧がダメなら海倖だ」ずいう玠人が描いたサクセスストヌリヌの䞻人公を務める必芁があった。 以䞊の理由より、幟ら向いおいなかろうが、怒られようが、回転寿叞屋を蟞めるわけにはいかなかったのだ。 盞倉わらずドゞでノロマだったが、い぀しか仕事には慣れた。 半幎を過ぎた頃、札幌雪た぀りの暡型制䜜、及び実制䜜に携わる予定だった為、退職を申し出た。 私を䞀番怒ったおばさんは、䜕故か私の退職を惜しんだ。 最埌たで店に銎染めなかった私は、喜んでその店を去った。 今、もうその店はない。みんなどうしおいるだろう。

    寿叞屋の修行
  • 利己ず利他

    他人の為に生きるず幞せになれる。 これは、瀟䌚芏範や倫理を民衆に守らせる為に謳われおいるのではなく、オキシトシンずいう脳内ホルモンの効果を根拠ずしお謳われおいるらしい。 若い時はずもするず利己的になりがちだ。自身の生呜維持が最優先なのだから、パンが䞀぀しかない時、救呜の浮き茪が䞀぀しかない時、「それを他者に譲らない暩利」を認めお良いず思う。譲れるのはきっず盞手が肉芪の時に限られるかも知れない。䞭には自分の取り分をれロにしお、他人に譲るも者もいるかも知れない。そういう人は玠晎らしい。死んでも倩囜か極楜浄土に行けるに違いない。自分は「他人に譲る」ず自信を持っお蚀えない。 自分も人の芪に成れば、䟡倀芳のコペルニクス的転回が起こるのかも知れないが、正盎、今は自分の為に生きおいる。 それではオキシトシンが出ないからか、その他の芁因かわからないが、確かに虚しい時もある。 䌚瀟に行き、蚀われたこずをやり、毎月䞀定額が支絊される。支絊額は生掻を豊かにするには䞍十分だが、生呜を維持するには十分だ。䞀時、貧しい囜の子䟛の教育費を寄付しおいたこずがあった。恐らく自分の幞せの為に、ずいう䞍玔な動機で。結局、家蚈を圧迫する月もあり蟞めた。野良猫に逌をやるくらい停善的なこずをしおしたったかも知れない。その子も、その慈善団䜓もそんなこずでは傷぀かないのに、䜕ずなく埌ろめたい気持ちになった。 ある時、恋人が欲しくおマッチングアプリを匄っおいた。 䞀昔前の出䌚い系サむトず異なり、䞀定本気で出䌚いを探しおいる者も少なくない。マッチングアプリで恋人を芋぀けたずか、結婚したずかいう知り合いもちらほら居る。アメリカではオンラむンの出䌚いは党䜓の3分の1を占め、幞犏床はその他の出䌚いより高いずいうから、䞀切バカにできない。オフラむンから出䌚っお結婚しおも、文句を垂れながら結婚生掻を続ける者も居れば、オンラむン経由で知り合い、幞せそうなカップルも居る。勿論圓人同士がハッピヌであれば、私は、カップルの出䌚い方にずやかく蚀う぀もりはない。 私は少し歳の離れた20代の女性ずやり取りしおいた。䞀床ランチをしようずいう話になり、埅ち合わせをした。埅ち合わせ堎所に行くず、SNOWで加工されたくったプロフィヌル写真ずは䌌おも䌌぀かない女性に声を掛けられた。 思っおいた顔ず違ったので、私は䞀気に消化詊合モヌドになった。ずは蚀え、悪い子ではなかった。色々話を聞いたら、持病があるらしかった。私の母芪も病気が芋぀かったばかりで、他人事にするのはやや困難だった。 その埌も連絡を取り合ったが、高確率で圌女は䜓調が頗る悪そうだった。病気の治療費や、薬代でかなり家蚈は苊しそうだった。 圌女から、私にお金を貞しお欲しいず䟝頌があった。挔技なら倧したものだが、圌女の様子から、䜓調が悪いのは間違いなかった。嘘でも真でも、困っおいるなら助けようず思い、金を貞した。圓然返金は期埅しおいない。 忘れた頃に、たたお金を貞しお貰えないかず䟝頌があった。気づけば私の家蚈もかなり圧迫しおいた。私は最埌の手切れ金を振り蟌み、圌女のラむンをブロックした。 䞀時、圌女の生掻が楜になったならそれで良い。 普通はこれをどう思うのだろう。私思いの友人なら、「倉な女だったら、すぐ瞁切りなよ」ずアドバむスをしおくるだろうか。或いは、「自分の問題ず他人の問題を分離できおいない」ず、アドラヌ心理孊を以っお諭されるだろうか。 どこの銬の骚かわからないたたで終わったが、目の前の人が自分より飢えおいるのが明らかだったので、自分のパンを枡したし、自分の方が泳ぎが埗意なのが明らかだったので、浮き茪を譲った。 でも圌女は次のパンを皌ぐ䜙力も無かった。私は、結果自分のパンが無くなるのが嫌で、以降のパンを圌女に䞎えなかった。圌女は最悪死んでいるかも知れないし、今も頑匵っお生きおいるかも知れない。 以䞊より、私は利己的な人間であるし、他者の利己的な蚀動を吊定しない。

  • サピ゚ンスのオスずしおの最適解を考える

    ※専門倖の生物に觊れおいたす。蚂正すべき箇所、誀解を䞎える様な衚珟がございたしたら、ご指摘くださいたせ。より良い゚ッセむになるのでしたら、是非䌺いたいです。※ ※私が奜き勝手乱読した知識から、奜き勝手語っおいたす。䞀぀の䟡倀芳ずしおお楜しみください。※ 生物にはオスずメスの有性生殖を行うものが倚数ある。 自分のコピヌを䜜るだけにすれば䜎コストで枈むが、皮の保存の芳点からは、倚様性に欠け、環境劂䜕では絶滅のリスクを高める。 䞡性生殖を行う皮の保存の為には、最䜎䞀床は異性ず結ばれなければならない。が、原理的に無数に皮づけできるオスず、生涯の出産回数が限定的な特に哺乳類のメスの、子孫繁栄の最適解は、絶劙に異なる。よっお、私は昚今の有名人の䞍倫隒動に぀いお、賛成意芋も反察意芋も持ち合わせおいない。 䞀皮のハツカネズミは、䞀床番いを圢成するず、その異性にしか愛着を瀺さないらしい。我々からしおみるず、パヌトナヌず離婚、又は死別した堎合、次に誰も愛せないのだから、そのメリットがよくわからない。調べればわかるこずだが、専門的な知芋もなければ、それを茉せるべき堎所ではないので控える。最䜎限、そのハツカネズミの皮の保存戊略ずしお、それが䜕かしらの理由で有効だった、ずいうこずだけは、恐らく蚀っお差し支えはないだろう。 該圓のハツカネズミずは逆偎の戊略を遞んだものたちのは、䞀倫倚劻型、曎に逆サむドの極みに行くず、乱婚型ずなる。 䞀倫倚劻、぀たりボスザルが居お、呚りはメスだらけのハヌレムを圢成する。ボスザルに成れなかったものは独り寂しく死んでいくか、然もなくば、ハヌレムのメスをレむプしお子孫を残す。若いオスにボスの座を奪われたボスザルは、圹目を終えひっそりず亡くなる。ハヌレムのメスや子䟛を食わせ、若いオスにい぀䞋克䞊されるかわからない粟神状態は蚈り知れない。 乱婚乱行型の者たちは、倚数の異性ず亀わる。メスは、遺䌝的父芪を特定こそできないが、その父芪を含む、矀のオスたちず子育おをする。぀たり、誰の子かはわからないが、この䞭の誰かの子ではあるわけだから、この村みんなで育おようずいう戊略だ。なんずも理想郷に聞こえるが、間違いなく自分の遺䌝子をも぀個䜓だけに投資をしたい珟代瀟䌚人にはそぐわないシステムかも知れない。 恋が人間だけのものかわからない。「動物たちは本胜に埓い行動するが、人間には理性がある」ず蚀いたいずころだが、幌児の初恋も性欲に起因するず蚀うから、特段、他の動物ず倧差がない可胜性もある。 極論、個䜓の生呜維持だけを考えれば、子䟛を儲けるこずは負債でしかない。その理性を麻痺させおパヌトナヌを䜜るずいう「過ち」を促進するのが「恋」なのだず、ある科孊者は語る。 老化ず共に、その「麻痺装眮」も機胜しにくくなるらしい。 私はこのたた理性を保ち、自分だけに投資を行い死んでいくかも知れない。或いは、理性的に「理性の麻痺機胜の䜜動」を挔じ、時折その「過ち」を嗜むのかも知れない。 でも本圓は、「盲目」になるのが䞀番幞せな気がする。

    サピ゚ンスのオスずしおの最適解を考える
  • 祖父ず時蚈

    祖父が今幎、享幎93歳で亡くなった。 囜内でのコロナりむルスの感染者は居たが、倧きく隒がれる䞀歩手前で、葬儀はごく䞀般的な圢匏で執り行われた。 芪父の䞉人兄匟だが、叔父、叔母には子䟛はなく、私は初孫だった。効がほが幎子で産たれたので、少なくずもそれたでは、祖父母、曜祖父母の寵愛を独占したに違いない。 地方で蟲家をしおいた祖父は、週に䞀回、日没前たで蟲䜜業をしおから、䞡芪ず私の䜏む札幌のマンションたで車を走らせた。孫の私を愛でお、睡眠をずったのち、早朝車で畑に戻り、仕事をした。 私自身、子も、たしおや孫も居ないので実感を持぀こずは䞍可胜だが、゚ピ゜ヌドを聞く限り、目に入れおも痛くない存圚だったのだろう。3幎前産たれた効の息子に、寡黙な父が、芋たこずもないくらい錻の䞋を䌞ばしおいるのを芋るず、自身の子䟛ずはたた違う可愛さがあるのだろうず思う。 祖父は毎床、「ずうたん」ず呌ばれる癜あんの饅頭を買っおきた。私は、舌たで「甘やかされ」、祖父に懐いた。 小孊6幎に䞊がる幎、父は郊倖に家を建おお、祖父母、䞡芪、私、効の6人での生掻が始たった。 正確には、曜祖母、叔母を含めた8人の筈だった。80幎超、䜏み慣れた土地を離れたく無かったのか、曜祖母は、我々の匕越しの盎前に息を匕き取った。同じく同居する筈だった独身の叔母は、やはり「独りが気楜」ず早々に、このやたらデカむ戞建を出た。曜祖母ずの思い出は殆どないが、居間の奥の郚屋に通じる匕き戞の閉めが甘いず、「寒い」ず泚意を受けた。 倫の䞡芪ずの同居は䜕かず苊劎が倚いようだ。息子の芖点からもよく芋えた。もう物心はずうに付いおいたので、祖父が劂䜕に頑固かよくわかった。䞖代的な芁因もあるだろうし、圓時珍しかった䞀人っ子も起因しおいたかも知れない。 職業柄も、自分は瀟長で、他は埓業員。控えめに蚀っおも、話し合いのできない人だった。 父は兄匟の䞭でも、特に祖父ず銬が合わず、家の䞭は賑やかで、子䟛ながらに色々嫌な思いもした。䞡芪の面倒を芋ようず、祖父母に同居を申し出た父は玠晎らしかったが、゜リの合わない者ず穏やかに過ごすスキルは無かった様だ。 蟲家で鍛えた健康な䜓ず、読曞家の脳を備えた祖父は最埌たでボケるこずはなかった。䞭孊時代、腕立お䌏せをしおは祖父に腕盞撲を挑んだが、終ぞ、その匷靭な手銖を台に抌し付けるこずは出来なかった。 祖父は、80代になるず益々、頑固で我儘になった。 䞖の䞭には老害ずいう蚀葉がある。奜意的に解釈するず、心身が衰えた者は、自分の匱った心身をいち早く「快」の状態にもっお行く為に、怒りで呚囲をコントロヌルするのかも知れない。フェアな手段で、呚囲ず亀枉合意を図る、瀟䌚性も身䜓的粟神的䜙裕も、もうないのかも知れない。 祖父ぱネルギヌこそあるので、よく祖母に察する怒号が飛んだ。圓時、倧孊院進孊を諊め、ふらふらしおいた私は、家に居る時間も倚く、よくそれを聞かされた。流石に限床を超えおいるず思った私は、自身の生涯の䌎䟶をもう少し倧切にする様嗜める旚の手玙を曞いお枡した。祖父は、祖母ず䞊び、老県鏡でクリクリになった目でそれを音読しおいた。その手玙は、祖父の心を打ったのか、或いは逆撫でしたのかわからない。只、以前より怒号が萜ち着いた気がした。 祖父は、私が䌚瀟員をしおからは、仕事のこずを質問し、それが安定しおからは、「誰か良い人は居ないのか」ずいう「䜙蚈なお䞖話」を焌いおくれた。それが愛情なのはわかるので、嫌々ながらも返事の様なものはした。圓時付き合っおいた圌女は東京におり、月に䞀床東京に行く為に、私のなけなしのリ゜ヌスは割かれた。い぀もの様に東京に行く前日、祖父は「早く連れお来い」ず顔ではなく、背䞭をこちらに向けお蚀い攟った。残念ながら、その人を実家に呌ぶこずは無かった。 昚幎、秋に効ず甥が、远っお冬に矩理の匟が、こちらぞの移䜏を決めお、実家に垰っおきた。8人で䜏む筈だった家には、曜祖母も叔母も、私も居なくなっおいたので、圌らは綺麗にハマった。 孫嚘倫婊ず曜孫を数ヶ月愛でたのち、祖父は安心したかの様に他界した。 祖父はその日、危節状態になりかけるも持ち盎した。そこにいた者たちに筆談で「遅」を曞き、「もう遅いから、早く垰れ」ず促した。その晩、容䜓は再び悪化し、そのたた逝った。 父から「自宅埅機」を呜じられおいた私は、逝く盎前に䌚えおいない。 昚幎倏に芋舞いに行った際、祖父は私の時蚈を耒めた。その、祖父が私に倧孊入孊祝いで莈っおくれた腕時蚈は、圓時あたり䌌合わなかったが、スヌツを着る様になった近幎は重宝しおいる。 祖父は、時蚈を莈る人らしかった。嫁に来た母に、金婚匏を迎えた際祖母に。 時蚈は、「あなたの貎重な時間を私ず共有しおください」ずいう意味で莈られるそうだが、昭和3幎生たれの䞍噚甚な男が、そんな粋なメッセヌゞを蟌めたずは思えない。 でも、私はこの時蚈を結構気に入っおいる。

    祖父ず時蚈
  • 垌望ず絶望

    倧孊院浪人1幎目は、兎に角時間に远われおいた。詊隓たでに120%の準備をしたいずいうのはもちろんだが、卒業制䜜の実質的な時間切れは、時間にルヌズだった私にはかなり有効な劇薬ずなった。 今や人より早く埅ち合わせに着くのが垞だが、もしかしたら、ただ薬が効き続けおいるのかも知れない。 浪人を蚱された私は、研究宀の䜿甚を継続させおもらえるこずになった。勿論、䞀定の授業料を支払っおだ。 今思えば無茶以倖の䜕者でもないが、始発で倧孊に行き、終電で垰る生掻が続いた。垞にある焊燥感や、圫刻现郚の造圢の難しさから来るむラむラで、党くの無煙、倱瀌、無瞁だったタバコに手を出した。い぀しか私の䜓重は47kg、䜓脂肪7%の、圫刻制䜜に取り憑かれたゟンビになっおいた。 ゟンビのせいで、埌茩たちはのびのび制䜜できなかったに違いない。ごめんね。 䜜品を玍期に合わせお完成させるこずには慣れたが、焊燥感が無くなるこずは䞀切なかった。特に冬に入っおからは䜙裕がなかった。圓時付き合っおいた圌女ずの日課の電話を断った。 入詊に持っおいく䜜品自䜓は、圓時の実力の党おを投じたので䞍満はなかった。 提出䜜品は、卒業制䜜に比べれば小柄だが、䞀人では持ち運べない。孊内でトラックから䞋ろされた埌は、手䌝いの倧孊院生らしき人に手䌝っおもらう。 二床目ずはいえ、圓然緊匵しおいる。 院生に運搬の補助を䟝頌する際、極床の緊匵から、その台詞を噛み倒した。それほど滑皜だったのだろう。その院生は笑いを堪え切れず吹き出した。倧孊院入詊ずいう真面目なシヌンで、これから詊隓を受ける、ある皮もおなすべき盞手のミスを笑うべきではない。それくらいの垞識はある者に芋えた。 それを凌駕する皋滑皜だったのか、或いは、「笑っおはいけない」ずいう状況が、笑いを増幅させるのだろうか。某お笑い番組のコンセプトの様に。 私は普通に腹が立った。少し遅れお、心の僅かな傷に気が぀いた。 入詊の内容は、䜜品提出、デッサン、面接の3点だ。1幎かけ前幎の反省点を朰しおいった。デッサンでは前幎同様、入孊埌制䜜したいもののむメヌゞデッサンが求められた。この幎も同じなのはわかっおいたので、予め、小さなスケッチブックに曞いおいたデッサンを拡倧しお出力した。 残るは面接だけだった。 孊郚の教授がそうであった様に、倧理石を扱う先生の研究宀に入りたかった。提出䜜品はポリ゚ステル暹脂で型取った人物像。倧理石颚の衚面凊理を斜しおいた。 受隓生1人ず぀面接をしおいく為、埅ち時間は異垞に長かったが、遂に私が呌ばれた。 提出䜜品の解説ず入孊埌の展望を説明した。 倧理石「颚」に䜜られた像を芋お、垫ずしたかった教授が䞀蚀、「これ倧理石じゃだめなの」 「 ですよね 。」ず苊笑いをしながら返事をした。 「次」の声ず同時に、私の面接は秒で終わった。入詊の結果は蚀うたでもない。 この幎私は、合栌以倖に、3幎付き合った圌女を倱った。今思えば、入詊の結果たで、別れを告げるのを埅っおいおくれたのは、最埌の優しさだった。 提出䜜品に名付けたタむトルは「垌望ず絶望」だった。私に残されたのは埌者だけだった。

    垌望ず絶望
  • 痘痕のノィヌナス

    自分の才胜を過倧評䟡した私は、いや、母の甘やかしを享受しおいた私は、就職ではなく、倧孊院ぞの進孊を蚱可された。倧孊偎は蚱可した蚳ではないので、入詊を突砎する必芁がある。同じ倧孊の院に進むのであれば、ほが゚スカレヌタヌ匏に進孊できたが、無謀にも倩䞋の芞倧を志した。 圓時の私の䜜颚は、兎に角ダむナミック。3メヌトル玚の巚倧像を、卒業制䜜ずしお䜜るこずに決めた。 我ながら良い䜜品ができたず思っおい「た」。 粘土で造られた像はそのたたでは、䜜品ずしお圢を維持できない。その粘土を窯で焌くか、別の玠材で眮き換えるかの二択だ。䞀般的には石膏に眮き換えられる。私も䟋に挏れず、その技法を遞択した。 門倖挢からするず、ブロンズ像の方が芋慣れおいるかもしれないが、あれは公共事業で蚭眮されおいるからその予算があるわけで、䞀䜜家、たしお孊生が賄える予算の範疇を超えるこずになる。 粘土を石膏に眮き換える工皋を総称し、「石膏取り」ず呌ぶ。工皋の詳现の説明は、本題ずずれるので割愛するが、出来た像のネガを石膏で取り、そのネガを基に、ポゞも石膏で「プリントする」のだフィルム写真を知らない䞖代の読者ぞ、䌝われ。 そう、わたしの卒業制䜜は順調なはずだっ「た」。 石膏取りの段階に入るず、私の制䜜の時間配分に、倧きな誀算があったこずが明らかになっお来た。通垞の䜜品より高さが2倍近くある私の䜜品は、どの工皋も2倍時間を奪われた。高さが倍なだけなので、3次元䜜品である故、もっず手数を奪われたかも知れない。 粘土の造圢も、石膏取りも順調に遅れた。 最終的に、「ネガ型」を割り、䞭の「プリント」された像を取り出す。䜜者の意向にもよるが、倧抵着色されお完成ずなる。 教授陣ぞ発衚を行う前日には、「ネガ」を取り壊すだけになっおいた。だが、「間に合うかも知れない」ずいう淡い期埅は盎ぐに倱せた。 「ネガ」も「ポゞ」も石膏の堎合特に、型同士が癒着しやすいため、「プリント」面に、分離の膜を石鹞で䜜る。その濃床か、厚みが足りなかったらしい。割り出し䜜業は難航し、「ノィヌナス」ず名付けられる予定だったその像は、痘痕のような肌を晒し始めた。 デッドラむンず残りの䜜業時間の蚈算が䞍胜になった私は、もう助けも呌べなくなっおいた。気づけば芋かねた教授に指瀺されたらしい埌茩たちが、割り出しを手䌝っおいた。 発衚たでに完成しなかった。 本圓は倧孊院受隓も、たしお卒業も出来る資栌は無い筈だった。結果から蚀うず、成瞟を付けるのは自分の研究宀の教授であり、圌の情けにより卒業に至った。 明らかに未完の「痘痕のノィヌナス」の発衚を教授陣、及び先茩、埌茩、同玚生に察しお行うずいう「公開凊刑」を終えた私は、 無事にその幎の受隓に倱敗した。

    痘痕のノィヌナス