∬ Takuma Tsuchidfa ∬

  • スーツを脱いで農夫に

    今年の2022年の6月以降、仕事に行き詰まり苦しんでいた。長年いた業界だったがスキルの求められるポジションに対し、少し経歴を偽って入社したツケかも知れない。割り振られた仕事をクローズできず、手持ちの案件は雪だるま式に増え、兎に角止まって倒れないように自転車操業を続けた。 仕事が終わらず、連日の残業。うつ病から回復した私は、フルタイム丁度の8時間であればなんとかこなせること知っていたが、残業続きは負荷が掛かった。 焦りと上司からのプレッシャーで、うつの症状が再発した。割と直ぐ、退職希望の報告をマネージャーに、転職先斡旋の依頼を友人に行った。直ぐにでも退職しなければ体調は悪化することはわかっていたが、有休消化期間を入れて7月半ばの最終出社を上司から提案されたのでそれを飲んだ。残り2週間、精神と身体のバランスを取りながらの案件消化に努めた。 ある日、リーダーは私の案件消化の雲行きが怪しいことを察し、チームのオンライン会議にてメンバー達に私の案件を分配することを提案した。 ここは誠実にお願いしなくてはと、「お世話になります!」と向こうに見合えない頭を下げた。 その声が快活過ぎたか、もう少し申し訳なさそうに言えば良かったのか、先輩方の中でもリーダー格のメンバーに「『お世話になります』じゃねえよ、全部クローズしてから辞めろよ」と罵声が飛び、一同静まり返った。 一気に症状が発生し、頭痛のようなものに襲われ、まるで頭をぶん殴られたようにぼーっとして思考ができなくなった。 少し気を取り戻し、必ずしも7月半ばの最終出社でなくとも良いため、それまでに案件が終わらなければ退職日を延期することも辞さない旨提案したが、直近で発生していた私の誤った調査内容を引き合いに出され、それも否定された。 誠に無責任ではあるものの、私の仕事を信頼できないのであれば尚更案件を巻き取ってほしいと思った。私自身、自分への信頼を失っていた。埒が明かない為、会議は解散となった。 2週間最善は尽くしたが案件全ては終わらず、それをチームリーダーに引き継いだ。ボロボロになりながら手を尽くしたが、リーダーにはその誠意が伝わらない結果となった。ビジネスは結果が全てだ。ほとほと呆れられた。いくら全力を出したとはいえ、引き継ぎとしては大変お粗末なものだっただろう。 「上司には私の尻拭いをさせてしまったが、私も2週間症状を抱えたまま命を削った」と、飽くまでギブアンドテイクは果たした旨自分に言い聞かせた。 一時友人にさえなったリーダーのラインをそっとブロックして会社を辞めた。 8月以降、友人が紹介してくれた農園にて農夫として働いている。 自然の中で太陽を浴び、収穫という有酸素運動を行い、新鮮な野菜を食し私の体調は回復した。2020年12月から服用している薬を一つ減らすこととなった。

    スーツを脱いで農夫に
  • 6月26日日曜日

    久々に夢を見た。でも、内容は憶えていない。懐かしい何かを見た記憶だけがある。 目覚めるとバンガローの屋根裏部屋だった。昨日から両親、妹そして甥とキャンプに来ていた。 母親が用意したサンドイッチとコーヒーで目を覚ました。 虫取り網と水鉄砲で遊んでいると、隣のテントの兄弟も水鉄砲と虫取り網を持ってやって来た。お互い水に濡れながらきゃっきゃと走り回った。 蝶々も3匹捕まえた。 最後兄弟には「ありがとう、またね」と言ってお別れした。 お昼は海老で出汁を取った塩ラーメンを食した。甥がどの味を食べたいかわからないので、大人は全員大盛りを頼んで甥が欲しがる味を小丼に分けた。「幻」を冠したラーメン屋の海老の出汁の比ではない。私は一滴残らず食べ干した。 帰路の後半は母親に変わって運転をした。暫く運転から離れていたが、大分慣れてきて直線とカーブの違いを楽しんだ。かつて教員時代2回免停になったとは思えまい。自分の運転技術を心の中で自画自賛した。 帰宅してからは甥とビニールプールで遊んだ。悪戯っ子は度々伯父に水をかけた。 疲れた頃に夕飯の準備ができて、我々はその日買った海鮮とさくらんぼを頬張った。 風呂が入るまで、和室で甥と2人でフルチンで遊んだ。みんなには内緒だ。教育には良くなかろうが、我らはゲラゲラ笑いながら遊んだ。 結局ママとはお風呂に入らず、甥は私と入った。甥の頭から足の指の間まで綺麗に洗った。 風呂から出たら一緒に歯を磨き、一緒に髪を乾かした。 甥は今日は伯父と寝ると言うが、私には楽し過ぎてもうお腹いっぱいだ。 縁起でもないが、こういう幸せな日に眠りながら死ぬのはきっと幸せに違いない。

  • 言ってはいけない

    皆、持って生まれたものは変えられない。顔。体。脳。両親。 それでももがきながら、苦しみながら生きてゆかなくてはならない。何故こんなに苦しむ必要があるのか。 自分が無能だからか。努力が足りないからか。自分の根性が腐っているからか。 人は「他人と比べるな」と偽善の言葉を吐きながら、何処かでやはり「他人と比べている」。 私は無能にも寛大だ。何故なら自分も無能だからだ。 これは自分の無能さを受け入れるための詩(うた)だ。 どこまで努力すべきかわからない。人間は常に上を、常に改善を、always trying to be better しなくてはならないのか。 どこまでは自分の能力の限界と諦めて良いのか、何処までは努力しなくてはならないのかわからない。そもそも他人に押し付けられるものでもない。 私は私のまま認めたい。受け容れたい。それの何がいけないのか。 解脱したい。 私は真実へと歩いているのだろうか。 とりあえず今宵も、酒と煙に酔い、嫌なことを麻痺させてゆく。「逃げ」と言われても構わない。 これが私の生きる術なのだ。

    言ってはいけない
  • 救いようのない詩

    社会と関わりたいけど、傷つきたくはない。 女は恐いが、性欲は満たしたい。 酒は弱いが、酔わないとやってられない。 成長はしたいが、自分を追い込みたくはない。 自分を甘やかしたいが、舐められたくもない。 独りは好きだが、人も好き。 情熱はもうないが、プライドはまだある。 器は小さいが、態度はでかい。 救いようのない詩だ。せめて夢の中では好きにさせてくれ。

    救いようのない詩
  • 吉報、聖夜に。

    今日、母親から持病の薬を今後飲まなくとも良くなった知らせを受けた。メリークリスマスという枕詞が添えられて。 キリスト教を信仰していない。金銭的な事情から甥っ子のサブ・サンタを務めることを諦めた。一緒に過ごすパートナーも居ない。そんな私には受け取るに相応しからぬ挨拶だ。 五年前、その冬一番の大雪の夜があった。当時都心から電車で三十分離れた実家から職場に通っていた。退勤後セントラルステーションに着くも、吹雪により帰りの電車は不通となっていた。待てば帰りの電車は来たのかもしれないが、この時期の運行復旧は二、三時間掛かるのが相場だ。私はセントラルステーションから一駅の伯母の家に泊まらせて頂く手配をした。 それだけの吹雪の夜だけあり、伯母の家までの道も、入れていただいた風呂も震えながら入った。 翌日、伯母の家から出社した。その日が忙しかったのかは覚えていない。流石に翌日は電車が動いており、仕事を終えどこに立ち寄ることもなく帰宅した。 しかしながら、昨日からの寒気が止まない。程なく自分の発熱を理解する。 私の熱は病院に掛かる間もなく下がったものの、当時、住まいを共にしていた祖父母、両親のうち、両親と祖母に見事にそれを移した。 彼らはインフルエンザの判定を受けて帰ってきた。悪いことをした。実家にパンデミックを起こした犯人は私だったのだ。 担当した医師ががめつかったのか、三名皆血液検査を受けさせられた。インフルエンザが陽性判定であったのにだ。ところがそれが不幸中の幸いを齎らす。 母の急性白血病が判明した。 普段冗談しか話さない親父に、「母ちゃんに万が一のことがあるかも知れないから覚悟しておけよ」と五寸釘を刺された。 ひと月かふた月だったと思う、母が入院していたのは。治療の甲斐あり母の数値は一定下がった。しかしながら、比較的強い薬を継続して飲まなくてはならなかった。 医師は只の老化だというが、薬の服用を始めてから母の老化は進んだ。皺は深くなり、髪は薄くなった母は千葉の亡くなった祖母に似てきた。 そう、あの時から続けた薬の服用から五年経ち、正常値が安定してきた母は、聖なる夜に薬の服用から卒業した。 薬は食事から三時間空けて飲まなくてはならないという、酷く厄介な代物だった。薬の管理が如何にストレスフルか、昨年うつ病を患った今の私には痛いほどわかる。 私は神は信じないが、母の生命力の強さは信じている。子供の頃、両親にサンタクロース役を演じてもらったおかげで、毎年クリスマスが楽しみで仕方なかったし、事実二十五日には楽しい思い出しかない。 もし神が居るなら、私のことは良いので、どうか母へ。 神の御加護を。

    吉報、聖夜に。
  • 有難迷惑な客

    外食なんぞできる分際ではないと承知だが、最近習い事のついでに外食をする。「自炊ばかりだと偏るので」と言い訳をしながら。 某百貨店にある薬膳料理の店によく赴く。大味な食べ物に興味がなくなり、病気になってからは砂糖や脂が毒に見えて、ここくらいしか行く所がない。 平日の昼に行くと、お一人様の老婦人が食事をされている平和なと所だ。 今日も習い事のみで帰宅する気にはなれず、適当にウィンド ウショッピングをした後、店に入る。 ここの看板娘はとても気が利く。が、気を遣い過ぎていて少し可哀想になる。 今日は特にだったか。 接客の言葉が速過ぎて気持ちが乗っていない。クレームではない。 レジ打ち、受注、配膳、下げ膳、感染症対策の依頼。全ての動きに無駄がない。 が、その動作をの間に言葉を乗せるとどうしても速すぎる。 こちらはゆったりと休日を過ごしているのだが、何か忙しない。 「もう少しゆっくり話したほうが良いですよ」という言葉より、もう少しゆっくりした時間自体が彼女には必要だ。少なくとも彼女の休日だけはそうであって欲しい。 帰宅後、レストランに電話をしてみると彼女が出るが、ここで出しゃばるのは違うと思い、「一旦失礼します」と伝えると彼女は訝しげに電話を切った。 頼まれてもいない助けほど、有難迷惑なことはないのだから。 <了> =========================== Artist Takuma Tsuchida 土田 拓磨 a.k.a お洒落変態紳士 ▶︎InstagramL main account: TAKUMA TSUCHIDA aka お洒落変態Artisthttps://www.instagram.com/takumatsuchida_artist_sculptor/ L Japanese essay blog account: 未だ熟さず aka お洒落変態ブログhttps://www.instagram.com/takumatsuchida_blog/ L Kids’ channelhttps://www.instagram.com/kidsartschoolartyfartyfactory/ ▶︎Japanese essay blog エッセイブログ 未だ熟さず aka お洒落変態ブログhttps://takumatsuchida.wordpress.com/ ▶︎Twitterhttps://twitter.com/takumatsuchida/ ▶︎Facebookhttps://www.facebook.com/takuma.tsuchida/ ▶︎YoutubeL Main Channnelhttps://www.youtube.com/user/takumatsuchida/featured/ L Kids’…

    有難迷惑な客
  • 夏の終わり、将来の夢、大きな希望、忘れない

    少なくとも北海道の夏が終わったのは間違いない。 今日も暑いは暑かったが、1997年以来の猛暑と呼ばれた時期のそれに遠く及ばぬ過ごしやすさがある。 と同時に、秋、そして冬が訪れる恐さがある。今となっては季節性のうつ状態も、病気と呼ばれる本体も区別がつかない。 老いにも病にも、その不可逆的な性質に少し絶望する。 尺八を咥えさせるも、一向に音色を噴かない。 遺伝子データの記憶媒体をハードに接続するもデータを吐き出さない。 自分の老いと夏の終わりを重ねてみる。 独りは寂しいかもしれないが、本質的には独りしか有り得ない。 ならばそれをマインドフルに楽しむか。こういった思考はしてきた筈だ。 いや、論理思考でどうこうなるものでもない。日照時間の短縮が少しづつ脳内のセロトニンの分泌、又は受容を減退させているだけのこと。 タブレットを飲んで寝るが吉。 どうせ明日の夕方にはワクチンの副反応で魘されている。 =========================== Artist Takuma Tsuchida 土田 拓磨 a.k.a お洒落変態紳士 ▶︎InstagramL main account: TAKUMA TSUCHIDA aka お洒落変態Artisthttps://www.instagram.com/takumatsuchida_artist_sculptor/ L Japanese essay blog account: 未だ熟さず aka お洒落変態ブログhttps://www.instagram.com/takumatsuchida_blog/ L Kids’ channelhttps://www.instagram.com/kidsartschoolartyfartyfactory/ ▶︎Japanese essay blog エッセイブログ 未だ熟さず aka お洒落変態ブログhttps://takumatsuchida.wordpress.com/ ▶︎Twitterhttps://twitter.com/takumatsuchida/ ▶︎Facebookhttps://www.facebook.com/takuma.tsuchida/ ▶︎YoutubeL Main Channnelhttps://www.youtube.com/user/takumatsuchida/featured/ L Kids’ channelhttps://www.youtube.com/channel/UCzNyEbA5e8CSMK5F7BXIijQ/feature takmatsuchida #tak鬱考察…

    夏の終わり、将来の夢、大きな希望、忘れない
  • 野菜嫌いな僕とほうれん草と夏休み

    私は野菜が嫌いだった。玉ねぎ、ピーマン、ほうれん草。 祖父母の畑では様々な作物が育てられていた。お決まりのジンギスカンのお供にほうれん草が出てきた。祖父に食べるように促され口に入れるも、あまりの苦さに顔を硬らせた。親戚の女性たちは私に甘く「出しても良いよ」と許可をいただき、口から出した。男性陣は「そんなんだから好き嫌いが治らないんだ」と憤慨した。 子供の舌には味蕾という味覚の受容体の数が大人の約三倍存在する。それ故、毒の可能性が高い苦味や、腐敗したものの可能性が高い酸っぱいものを「不味い」と感じる様に設定されている。 野菜嫌いな私はよく便秘を患った。 見かねた父は私に野菜ジュースを飲ませ、「きばり」の筋肉をつけるために腹筋を命じた。 気づけは便秘に悩まされることはなくなった。 第二次成長を迎え身長は年に十センチメートル伸びた。空腹には耐えられず、食卓に出たものは全て食べることにし、私の好き嫌いはあっけなく終焉を迎える。 近年病気をした私は徹底した健康食を食べている。玄米、昆布、ブロッコリー、ほうれん草、オクラ、玉ねぎ、人参、トマト、卵、鶏肉。 お陰で体調は安定しいている。 今朝ほうれん草を切っていたら思い出した。 私の小学生の頃までは、都市のマンションで核家族をしていて、お盆には祖父母の家に帰省した。ほうれん草の出荷作業が忙しく、親戚一同その作業を手伝った。ある者は段ボールを組み立て、でかいガンタッカーを打つ。ある者はそれに包装されたほうれん草を規定数入れる。私は、ほうれん草の根を決められた長さに揃えて切る。亡き祖父はそれらを束ね、秤で重さを揃え、ビニール袋に包装する。 根を切りすぎると祖父に指摘を受けた。 昨日、母から「ばあちゃんと墓参り行ってきたよ」と、北海道胆振東部地震に伴う土砂崩れで流された、高祖父の代からの家の跡地の写真が送られてきた。 土地、人、味覚、諸行は無常だが、ほうれん草の香りは、いつも幼き頃の夏休みの記憶を誘う。 <了> =========================== Artist Takuma Tsuchida 土田 拓磨 a.k.a お洒落変態紳士 ▶︎Instagram L main account: TAKUMA TSUCHIDA aka お洒落変態Artist https://www.instagram.com/takumatsuchida_artist_sculptor/ L Japanese essay blog account: 未だ熟さず aka お洒落変態ブログ https://www.instagram.com/takumatsuchida_blog/ L Kids’ channel https://www.instagram.com/kidsartschoolartyfartyfactory/ ▶︎Japanese essay blog エッセイブログ 未だ熟さず aka お洒落変態ブログ https://takumatsuchida.wordpress.com/ ▶︎Twitter https://twitter.com/takumatsuchida/…

    野菜嫌いな僕とほうれん草と夏休み
  • 我儘宣言

    病気してから生きる力が上がった。悪く言うと我儘になった。 図々しい奴と思われたい筈もないが、他人の顔色を窺って、他人の人生を生きて仕舞えば、また生き苦しさが待っている。なので図々しくて結構。 十代や二十歳前後、自分の頑固さで人に迷惑を掛けていたかも知れない。 日本で社会人となり、空気を読むことを覚えた。自分には無かった能力。周りの、特に女性たちのエアーリーディング能力には舌を巻いた。 女性というのもは小さき頃からそう訓練されてきたのか。 業界的には女性も多く、彼女らと同じ精度で空気を査読しないとチームに馴染めない。 全く向いていない。 幸か不幸か、病気によって、察するとか、忖度するとか、そんなものに全く適していない人間であることがようやくわかった。 自分の向いていないことをやろうとするから病気になる。 この頑固者に誰もそんなものは求めていない。KYなんだなと思われて、自分がそれを受け容れられたら、そんな楽なことはない。 私は、私が延命することにしか興味がない。 如何に生きることが大変で、それ故、他人のこと何ぞ構っていられない。 生物は皆我儘だ。 極論自分の延命にしか興味がない。 他人に迷惑をかけない方が偉いかもしれないが、それを恐れて自分のやりたいことを封印するのは全く偉くない。 我儘に生きて、余裕があれば紳士の振りをする。 私は進路が他人と被りそうな時は必ず譲る。 振る舞いは紳士だが、しばしば「前見て歩けよババア」と思っている。 私には九十になる父方のババアが居る。祖母のことを思えば、振る舞いだけでなく、心も紳士でありたいが、この国の人口密度がそれを許さない。 道はお互い譲り合うべきだと思っているからイラッと来るのだろう。年配者は初めから視界が狭く自分ことしか見えていないと思っていれば、多少は許せるか。 「前見て歩けよババア」を口に出さず、道を譲っているのだから、これは紳士と呼んでも良いのではないか。 どんな邪念も表に出さないことが嗜みであり、邪念を持つこと自体自由である。 どんな思想を持とうとも、公共の福祉を侵す様なアウトプットをしなければ、思想を持つこと自体は自由だ。 以上より、私は私に我儘を許す。 <了> =========================== Artist Takuma Tsuchida 土田 拓磨 a.k.a お洒落変態紳士 ▶︎InstagramL main account: TAKUMA TSUCHIDA aka お洒落変態Artisthttps://www.instagram.com/takumatsuchida_artist_sculptor/ L Japanese essay blog account: 未だ熟さず aka お洒落変態ブログhttps://www.instagram.com/takumatsuchida_blog/ L Kids’ channelhttps://www.instagram.com/kidsartschoolartyfartyfactory/ ▶︎Japanese essay blog エッセイブログ…

    我儘宣言
  • 生老病死を綴る者

    一時的ではあるものの、起こった脳の障害のインパクトは大きく、今でこそ通常営業のつもりだが、時たま不安がよぎる。 恐らく主治医に黙って勝手に断薬をすれば、何かしらの不具合が起きる。 第一回のモデルナ製ワクチンの接種に伴う発熱が呼び水となり、接種から一週間を過ぎる今も、頭痛とまで行かない違和感がある。 病気は脳に不可逆的な影響を与えたかも知れない。 悲観している訳ではない。 病気と老化の違いがわからない。 何か今日は身体の調子が、頭の調子が、心の調子が悪いな。それは病気のせいか。それともあなたの老化のせいか。 病名の有無に関わらず、昨日と違う自分であっても何ら不思議はない。昨日より1日だけ老け、1日だけ経験し、1日だけ前進、又は後退、ないし変化している。文字通り昨日の自分は今の自分ではない。 ある人が言った。老いは病だと。 何だ。であればいずれも治療するだけで、恐れることはない。やれることはやって、死ぬ時は死ぬだけだ。 今日もこうやって、生きた証を綴っている。 <了> =========================== Artist Takuma Tsuchida 土田 拓磨 a.k.a お洒落変態紳士 ▶︎Instagram L main account: TAKUMA TSUCHIDA aka お洒落変態Artist https://www.instagram.com/takumatsuchida_artist_sculptor/ L Japanese essay blog account: 未だ熟さず aka お洒落変態ブログ https://www.instagram.com/takumatsuchida_blog/ L Kids’ channel https://www.instagram.com/kidsartschoolartyfartyfactory/ ▶︎Japanese essay blog エッセイブログ 未だ熟さず aka お洒落変態ブログ https://takumatsuchida.wordpress.com/ ▶︎Twitter https://twitter.com/takumatsuchida/ ▶︎Facebook https://www.facebook.com/takuma.tsuchida/ ▶︎Youtube…

    生老病死を綴る者