∬ Takuma Tsuchidfa ∬

  • 煩悩か諦めか To be, or not to be的な

    既に闘病日記と成り下がった/成り上がった当ブログ。 日記と随筆(エッセイ)の定義の差異をググったが、個人的には判然とせず、「ふーん同じじゃん」となる。 村上隆が酵素風呂の写真(※グロ?自己責任で開いて下さい(https://www.instagram.com/p/CIkuUenFd2r/)を上げて、フォロワー1700人を失ったと言っている。 まあ、ビジュアル・アーティストの主体は作品であり、本人では無いから、ムラカミのフラワー・モノグラムが好きでフォローしていた女子が、初老のおっさんの裸体(モザイクが掛かっているとは言え)に、思わずアン・フォローしたのだろう。 私は、本来は下ネタ大好きなのだが、それを隠してシェイクスピア的エレガントな文章が書けるようになるのが目標。だが、読者の目も気にしつつ、自分の書きたいものや、読者を無視したものを書くのも又随筆。 今回の病のタネの一部として、「老化」或いは「老化への抗い」がある。 日に日に白髪が増えるだとか、疲れやすくなっただとか、皺が、腰が、 概ね30歳を越えた者は、何かしらの「衰え」を自覚、しながらも「受け容れ」たり、「諦め(明らめ)」たり、しながら生きているのでしょうが、 色に執着(しゅうじゃく)があるらしい私は、男性機能の衰えに若干の失望を覚えている。 当時ブルーオーシャンであったマッチングアプリで、多少遊ばせて頂いたし、以後も「心」ではなく「身体」が反応する異性を求めていた。 昨年の夏以降、機能しないことがしばしば、セルフ・プレジャーでは大きな問題は無いのに(問題があることもある)。 以降改善すべく、下半身の血流改善の為のジョギングと、しみけんから参照のランチボックスの自作を継続した。一年を掛け一定の改善に成功した。 が、現在服用している薬には性機能障害の恐れがあるらしい。最も、役に立つか、立たぬかは、かなりメンタルに左右される為、そんな情報入れない方が良いというのは百も承知なんだが。 友人曰く、私のその「即物的な所」が私を蝕んでいるかも知れないらしい。 そろそろ、フロイトのリビドー/男根期的生き方から、仏教の煩悩/四苦八苦からの諦め/解脱的生き方への転換を求められているのか。 カジュアルに言い換えると、 「『ふにゃ*んになるのが嫌』とか言っているコイツは現世に未練有りまくりなので安心して下さい」ってオチで良いですか? 因みに、ジョギング後は、「脳の空転」みたいなものが有ります。後、ブログを書いた翌日は頭痛がします。運動も、言語的出力も、休み休みやりますね。先ずは、そっちの心配ですかね。

    煩悩か諦めか To be, or not to be的な
  • きかんきわ きょうワチャワチャワチャワチャ ひみー

    【元ネタ】 【序文】 皆様、日々お疲れ様でございます。 進捗状況の共有が滞っておりましたので、以下に記載致します。 前項をリリースした時よりかなり落ち着いています。 お察しの通り、「う」から始まり「つ」で終わる病名を賜り、一旦、ひと月の休養を得ました。 【経緯】 ・10月〜…10月開始の研修の遅れを取り戻すべく、残業/早出を繰り返す。 ・11/20…精神のバランスを崩したことを悟り、共感を得られそうな友人に連絡。チャット中は落ち着く。 ・11/21〜23…昼休み、心療内科、精神科となのつく所を検索するも営業日でなく諦める。 ・11/24…心療内科、精神科数箇所に連絡するも、「拒否」、又は「2週間後の予約」との回答につき諦める。 ・11/24帰宅後…「限界」と思われ、別の友人に翌日のビデオ通話のアポを取る。 ・11/25…シフト休。その友人に、「研修の停止」、「休養」、「本件が私の『完璧主義』由来のものである可能性の示唆」などのアドバイスを貰う。 直後に上司に連絡し、研修の停止、一定期間の休養を申し出る。 友人お勧めの心療内科に再度連絡。真綿のような優しい声で対応してくれるが、言っていることは「拒否」なので、「どなたかの紹介がないと診ていただけないのでしょうか」としつこく質問。医者に確認するとのこと。1時間後の返信にて、予約に空きがでた為、12/4に来院するよう指示あり。 ・11/26…記憶が定かではないが、当月は洗濯が精一杯で、他は家事ができていない。 ・11/27…夕方実家に帰省。 ・11/28…祖母、両親、妹、甥、義理の弟と過ごす。甥の誕生日につき贈り物を渡す。 ・11/29…夕飯を頂いて帰宅のつもりが、甥の生命力溢れる遊びについて行けず、日の入り前に逃げるように実家を出る。 ・11/30〜12/01…上司との面談後、「不調」になったら早退することを約束に勤務開始。普段より小豆に休憩を取る。 ・12/02…会社支給のPCの調子が悪く、明らかに生産性が落ちる。本来流せるミスだが、自分のPCに同調するように自分の脳も空転し、頭の「重み」が「痛み」へ悪化する。開始から2時間で早退を余儀なくされる。日中の “ミス” からか、酷く魘され涙がでたので、母にメールをして、13/03〜12/06までの滞在を依頼。 ・12/03…早退することがあれば、初受診の12/04まで欠勤する様約束していた為欠勤。 ・12/04…上記を医者に説明。元々口頭での説明は苦手だが、普段以上に拙い説明だったと思おう。「『研修』の説明をする際のみ頭を抑える」と指摘あり。病名、及び1ヶ月の休職を記載した診断書、数種類の薬を貰う。 【努力目標】 ・自立とは「依存先を増やすこと」https://www.univcoop.or.jp/parents/kyosai/parents_guide01.html ・病める時、健やかなる時を繰り返し、寛解(再発の恐れがゼロではない為、概ねこの「かんかい」が使われる)に向かう。故に、一喜一憂せず、焦らず治療すること。 ・私は依存体質であり、中毒気味のコーヒー、お酒、タバコ(かなり前に禁煙済)、マリファナ(嘘です)はダウナー系のドラッグであり、症状を悪化させる様なので控える。 ・アッパー系の糖質も良くないので控える。 ・タンパク質を摂取する。 ・良いこと7:悪いこと3くらいの割合で日記を書く。 【跋文】 病名、薬、休職期間を得、少し落ち着きました。今日は日課のジョギングもできました。「良いこと7:悪いこと3」が目標ですが、元々薄ら暗い文章が売りだと思っていたので、どうしようかと思っているんですが。飽く迄、事実だけを書くのであれば害は無いかなと思っています。 過去の嫌な記憶を掘り起こすのは止めるよう医者には言われています。 飽く迄事実に基づき、良き所もピックアップしながら、徒然なるままに綴り、北欧絵画位の、暗いけど観賞はできる位の文章がかけたらと思うのですが、あなたの審美眼にはどう映りますか。 本日も、足元を良く温めてお休みになって下さい。

    きかんきわ きょうワチャワチャワチャワチャ ひみー
  • マイ・メンタル・ステートメント

    恐らく精神を病みました。 過去の少し「痛い」思い出などを基に綴ったこのブログも、時間軸が現在に近づいたり、重なったりするにつれ、都合の良い、美しい再構成が為されず、少し読む絶えない内容になっていたかも知れないがどうだろう。 近々医者に診てもらいます。 このブログも、今回の出来事の一因の可能性もあるので、そんなこと可能なのかよくわからないが、治療にあたり、ブログの継続の是非も相談してみようと思う。少なくともSNSはメンタルヘルス的に宜しくないというのが、一般的な見解であることがわかった。 反面(読者が読みたい物であるかどうかは別として)、記録するには良いネタができたので、書いてみたいという気持ちもある。 何せ、人生初体験のことなのだから。 会社員として、否、日本的社会人として、落ち着いたのは、人より遅い。大学卒業後、ストレートに社会人になっていれば、もう少し「これ」を早く経験したような気がする。 所謂メンタル疾患にて、休職をしている先生の代替えとして、臨時採用の美術教員をしたが、私にとっては、「これは続けたら自分も病気になるな」というものだった。 去年だったか、道南の高校に赴任した中学の同級生に、街中でばったり会ったが、一年休職したのだと言う。40過ぎには早期退職して店を開くらしい。 教員をして素晴らしいご活躍を見せる方々も多いので、教職イコールメンタル疾患装置と言う気は毛頭無い。 上手く逃げてきた私も、つい頑張り過ぎて今回の「初体験」をした。 来年三度目(生まれ年を含めると四度目)の年男となる私にも「初体験」がまだあった。 初めての感覚だったので、「あ、これはまずいかも」とわかった。自覚できる時には若干遅いんだが。 体の症状としては「痛み」というには少し弱い頭の違和感が常にある。それが、脳と心に、主に下記二点を齎らす。 (1)脳機能を、正確にいうとワーキングメモリーを低下させている。1分前の指示を忘れたり、バスタオルを普段以上に忘れたり、マスクを片耳にぶら下げてたことを忘れ、マスクを二重に着けたり、コンビニコーヒーのカップだけ購入し、ドリップせずにベンチまで行ったり。他人から見たら「心此処にあらず」といった所だろう。認知症では無いので、その今まではしなかった失敗を認知した際に、絶望と焦燥感が襲う。 (2)気力の枯渇。休みの日、ただ家事をしたくないという怠惰な気持ちと言うよりは、「残りの気力がゼロなので端から『何もできないな』と悟る」感じである。 前回の投稿から4日後だったか、また別の友人に相談し、「会社の研修を辞めること」、「休むこと」を提案された。 この研修による残業/早出によって、睡眠や体力が削られていたので、「やっぱりそうか」と理解し、それに従った。残念ながら、自分会議では「一度自分の意思で始めたことを辞める」と言う案は決して出てこないのだ。自分に「弱音の許可」をして、他者に相談して良かった。 幸い上司も「その経験」があり、すんなり理解を得、研修からの離脱の許可と五連休を頂いた。 本日久々に出勤し、働いた感じでは、「休職」とはならないと思っているがどうだろう。会社の「その道」の先輩には油断禁物と諭された。 俺、終わった 嘘 寧ろ始まったと思っている。これを機に新しい自分を発見しようと思っている。 只、無理や油断はせずにね。

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  • 弱音の許可

    私自身の心身の評価は、 特別身体が弱い訳でもないが、強い訳でもない。 特別メンタルが弱い訳ではないが、強い訳でもない。だ。 大人なんだから、人様の世話にならず、自分の機嫌ぐらい自分で取りなさいと「大人」は言うかも知れない。 ある意味正論。だがある意味暴論。 まだ正気のうちにテキストで自分の頭を整理する。 ムキになって「病んでいない」宣言をしていたが、今日は「病み(或いは闇)」を認める。その方が安全な気がする。 年々日照時間に綺麗に反比例して気分が落ち込んでいる。 自殺であろうと、鬱であろうと、単一の理由で起きないのだ。複合的な要因で起こるのだ。 投稿を丁寧にフォローいただいている方はご存知だろうが、ここ最近ワーカホリックに労働し、休日は屍になっていた。そこに、残業の増え気味の私に、上司から「私の時間管理の甘さ」の指摘が入った。ぐうの音も出なかったが、極々自然な管理監督者の姿だ。が、何故かその指摘がきっかけで自分を蝕んだ。 別にその指摘は全く何でも無い。普段であれば何の遺恨も残さないコミュニケーション。それは飽くまで、この度のトリガーでしかない。 不必要に少しだけ高い自尊心、諦めたはずの夢、ここ数年上手くいかない恋愛、少し足りない収入、孤独が大好きな筈なのに少し多すぎるコロナ禍のひとり時間、身体的劣等感、労働疲労… 複合技だ。 「私を構ってください」と言う意味が1ミリも無いとは言わないが、どちらかと言うと反面教師と言うか、「その気(け)」のあり得る人に、どう人が病んでいくのか例示したいのだ。我が身にも、あなたの大事な人にも起こり得るのだと。 睡眠が足りない。 運動が足りない。 休息が足りない。 雑談が足りない。 結局、以前お付き合いしていた、メンヘラ(語弊があるがわかりやすいので)の方に助けを求めて連絡した。 同じ日本人同士でも「この人とは話している言語が違うな」と思うことも多いが、彼女とは同じ言語を話している安心感があった。当時は「またか」と思うほど彼女の愚痴を優しく聞いたが、4年後立場が逆転しようとは。 小一時間のテキストのやり取りだったが救われた。 男性の自殺率/数の方が多いらしいが、女性の社会進出(このワード自体古くてアップデートしたいが)と共に女性も増えているらしい。 ただ、我々男は「男なのだから弱音を吐くな」と言う言葉に苦しめられる場合も多い。女性は「弱音を吐けば周りの男性が助けてくれる」といった、甘ったれが多いなどとは全く言っていないし、思っていない。 弱音は吐かないに越したことはないが、やばい時には「助けて」と言って良い雰囲気がないと、いずれ自らの首も締める。そこに女も男もない。 その点うちの親父が弱音を吐いている所は、私も母も見たことがない。尊敬しそうになるので、ススキノに弱音を吐く場所があったことにしておく。 人に助けを求めてしまった言い訳を書いているが、それを許さないと言うなら、その世界は閉じ、あなたが藁をも掴みたい時、その助けは許されない。 大切な人に、他人に、あなた自身に、弱音を吐く許可を与えても良いと、私は思う。 あ、話を聞いてくれてありがとう。

    弱音の許可
  • 適度な休息を怠った脳の末路

    昔から睡眠には困らない。 何時でも、何処でも寝られるタイプではないが、通常の夜間入眠に苦労しない。寝坊し過ぎたり、昼寝をし過ぎた休日を除けば、起床した一定時間後に睡魔がくる。 初めての不眠経験は、大学受験を控えた高3の時。 机での予習/復習で力尽きた後は、日課の英作文と英単語のタスクを、午前1時くらいまで、ベッドの中で行った。 世の中には本当にショートスリーパーなる人間がいるみたいだが、私の必要睡眠時間はごく一般的で7~8時間は欲しい。当時高校生の私としては、かなり必要睡眠時間を削ったかと思う。 勉強し過ぎた埼玉県女性の平均バストカップ数が全国平均を下回る様に、私の身長が平均を下回るのも同じ要因かとも思ったりもしなくもないが、多分、隔世遺伝か何かだ。 手塚治虫は時間を惜しんで、机で描画する体力の無い時は寝床で漫画を描いたというから、当時の私の齧り付き具合はそれに匹敵する…は流石に言い過ぎですね。 睡魔と戦いながら勉強したのち入眠するので、その睡魔に瞬殺されていた。 が、ある臨界点を超えてから眠れなくなった。 日課を終えて午前1時に入眠を試みるも、3時になっても寝付けず、仕方なく聞きたくもないラジオを聴いたりしていた。 翌日は寝られるかと思いきや、同じパターンを繰り返していた。 カラクリは簡単で、脳が過度に疲労しているが、体力は有り余っていると、その不眠は発症した。適度な運動は寧ろ疲労回復に良いとする、保健体育の教科書に載っていた情報は正しい訳だ。 お察しの通り、眠れない状況からこれをつらつらと書いている。 要因がわかっているなら、運動して体力的に疲労すれば良いではないかと思われるかも知れないが、脳がバーンアウトした日に運動する気になれない。 もう少しスペックの良い脳を搭載していれば良かったが、生まれた時に配分された持ち札で、死ぬまで懸命に生きる所存だ。 手持ちのタスクに四苦八苦しているが、一応新しい刺激を一定楽しんでいる。大した成果が出なくても、誰が死ぬわけでもない。 良き入眠の為には適度な運動をすること。然もなくば、寧ろ眠ることを諦めること。 皆々様の健やかな起床をお祈りして、この筆を置く。 2020年11月15日未明 Takuma

    適度な休息を怠った脳の末路
  • 舐達麻

    久々に日本のヒップホップを聴いている。 マニアックに聴き込んでいる方に比べれば全くのど素人なので、適正な評価や批評はできないのでご容赦頂きたい。 偶々フォローしていたYouTuberがそれを紹介していて、 友人と遊んだ際、それをBluetoothスピーカーでそれ再生してくれて、 そのラッパーのモノマネ動画が面白くて漁ったりして、 ここ数年ハードリピートで聴いていた Lo-fi Hip Hop が下地になって、 学生時代ハマった日本語ラップという私の中の懐メロが発動して、 彼らのビジュアルのカッコよさに魅せられて、 Music video の映像の美しさに魅せられて、 彼らにハマっている。 リリック自体は過去の犯罪やら、マリファナやら、所謂 Hip hop らしい悪いノリなんだけど、脚色せず、リアルガチに書いてこの刺激かという内容なのがウケている様だ。 トラック自体はマッチョな感じはなく、Nujabes をもう少し寂しい、センチメンタルな方にチューニングした様な、どこか懐かしい音を聴かせてくれる。 つまり曲が良くて、歌詞が良くて、歌が上手くて、Video も本人達もカッコよくて。 という大前提をクリアした上で、青春時代 Hip hop を囓った我々とほぼ同世代というのが余計に刺さる要因を作っているのではないか。 後はもう彼らの生き様というか覚悟にやられる。 犯罪歴、逮捕歴、首や腕に丸見えの和彫。 何が彼らをそうさせたかは知らないが、「耳を剃刀で落としたり、ピストル自殺を図ったゴッホ」的なわかりやすい人生のストーリーがウケていると思う。 ま、ゴッホが今生きていたら、インスタで速攻バズったり、病みツイートが意外に共感を得たりして、絵が売れまくって、自殺までには至らなかったりしそう。 いずれにしても、陰キャ、コミュ障っぽいから満たされ過ぎず、良い絵を描き続けそう。 舐達麻に話を戻すと、今頃厨二病を振り返している私にはぴったりだということだ。 もう冬です。 音楽含め、宅内エンターテイメントを充実させて、春までぬくぬくしよう。

    舐達麻
  • 消極的休養のすゝめ

    残業過多で先日の2連休はとことんダラダラした。 このまま廃人になって死んでいくのだなと思った。が、休み明け10時間労働したのに体力が余っていた。で、ジョギングをしてから遅すぎる夕食を食べた。 どうやら、廃人になった訳ではなく、必要な「消極的休養」を適切に取っただけだった。ダラダラ過ごす自分を客観的に見て嫌になるけれど、恐らく、身体が「休みたい」と言っていた。 ご家庭、ましてお子様のいらっしゃる、社会的労働に加え、夫業/父親業(妻業/母親業)も担う方には頭が下がる。私のように、好きなだけダラダラするなど許されないかも知れないのだから。 昔、短期間だけ子持ちの方とお付き合いした。 ある日、彼女と、彼女の娘とショッピングモールに行き、彼女の子を遊びのフロアで遊ばせた。元気で悪戯っ子な彼女は、狭い家で持て余していたエネルギーを発散する様に、爆発的にはしゃいだ。 一定はしゃぎ切ると、休憩スペースで休憩をした。そこには睡眠時間の足りていないパパ達の屍が、其処此処に散見された。 わかります。お疲れ様です。 私も当時、昼は大学で勉学を、夜は塾で働いて帰りが遅く、そのせいもあり、体内時計は一般的な社会人より相当後ろ倒されていた。慢性的に、睡眠不足と疲労が溜まっていた。 大学の講師が言っていた「子供は早いうちに設けた方が良いよ。40過ぎてからの子育ては体力的に大変。元気を子供に吸い取られている気がする。」を、30歳手前の私は、既に理解しかけていた。 ショッピングモールの帰り道、私は、彼女の娘との遊戯でヘトヘトだった。 それぞれの家に別れた後、「子供と居ると本当に疲れるね」を彼女にメッセージを送ると、悪い方に受け取ったらしく、「私の両親も遊んでくれるけど、思ってもそんなこと口にしない。」と同意を得なかった。 「いつも大変だね」の労いのつもりだったんだが。 偶の休みを費やし、女子二人分のデート費用を捻出し、労いの言葉が上手く伝わらなかった結果、どっと疲れが決壊した。で、泥のように眠った。 「休日にダラダラしているパパ」状態の休日には、こんな過去のエピソードを思い出す。 或いは逆に、毎週末遊びに連れて行ってくれた、当時の両親のバイタリティと今の自分のそれを比較する。 「死ぬ時好きなだけ休める」と身を粉にして働いた回転寿司の店長、生徒の為なら日付が変わる頃まで授業や行事の準備をした先輩教師、「寝なくても死なない」と睡眠を削って学問や部活に励んでいた大学の後輩、 彼らは、もう少し、自分の身体を甘やかしても良かったのではないか。それとも、私のようにダラダラ延命するより、彼らのように命を燃やした方が良いのだろうか。 お世話になった先輩教師は数年前他界した。 私はまだ死ねない。金融投資するほど貯蓄はないが、自分の健康には投資をする。 疲労が過ぎると、却ってそれに気がつかないらしいので、どうか自身のお身体が「休みたい」と言っているうちに休養を。 多少、家事をストップしても誰も死なないし。どうせなら、みんなでダラダラすれば良いと思う。できるだけダラダラして、なるべくフリーライドして楽に生きたい。 では、以上を以って消極的休養に入る。

    消極的休養のすゝめ
  • 労働疲労による認知機能の低下とそれが引き起こすリスクの一例

    腹減った。 明日は健康診断の為、今日は20時以降は何も食べられないのに、それを超えて会社に居てしまったので、もう何も食べられない。 最近忙しい。 新たなスキルを身に着けるべく、某社内研修に参加していることが大きい。研修にて理解仕切れなかった所、上手く行かなかった所の復習を、通常業務後に行なっている。 研修自体は自ら望んでのことなので、全く不満はないが、心身共に疲労しているのは明らか。 人間はそもそもマルチタスクに向かないらしいが、自分はそれを代表する人間だと思っているので、タスク数が増えるに伴い、脳内も、自宅も、段々とカオスと化す。 火曜はプラゴミを出すのに失敗した。家を出る時に出せば間に合うだろうと高を括り、規定の時間を過ぎてから出すつもりだった。家を出る5分ほど前に、収集車の音を聞くも、ダッシュで回収を依頼する気概もなく、もう1週間の保管を、歯を磨きながら決意した。 習慣だった弁当も作っていない。新しいオフィスの周辺でメシの食える場所もよくわからず、食べたいのかもよくわからないバーガーのセットを毎日食している。店員が私を常連認定するのも時間の問題だ。少し多目の塩が掛かったポテトのせいで、歯を磨いた後も歯を舐めると、塩分を摂取している気になる。 ワイシャツにアイロンを掛ける時間がない。洗濯はしているが、皺のないシャツ無い。今日はグレーのスーツの中に、黒のタートルネックを着て誤魔化した。というか、結果、ドレスとカジュアルの程よいバランスのモノトーンコーデになり、アイロンを掛けられなかった男には見えていなかった筈だ。 今朝、検便の便を採取した。それは良かった。が、大量の紙を便器内に敷き、便の採取の後流水すると、水が溢れる二歩手前くらいに膨れ上がった。懸念はしていたが詰まらせてしまった。 もう出発時刻を迎えた私は一旦、それを放置したまま出勤した。 通常業務及び研修の復習を終え、食事のリミットを超え腹を空かして帰宅すると、忘れていた「それ」が「おかえり」と微笑んだ。 水は捌けて紙だけが残っていたので、再度水を流した。が、朝見たものが復活しただけだった。紙を手摑みして持ち上げても意味がない。恐らく、手の届かない奥で詰まっているのだ。 意を決して、流水レバーを「大」の方向に思い切り捻り、タンク全ての水圧を以って詰まり解消を試みた。私は賭けに負け、そこに小さな、しかし悲劇的な洪水が起こった。大丈夫だ。被害者は居ない。 その足で24時間スーパーに向かい、所謂「スッポン」を買った。「スッポン」は一発でその詰まりを解消した。 「スッポン」のミニマルな、或いはプリミティブな形状/構造に反し、その効果は絶大だった。 5Gでもない、AIでもない、アプリでもない、 トイレの詰まりを解決するのは、無骨な黒いゴムにスチールの柄のついた「スッポン」が生み出す、一瞬の真空。原始的な道具とわかりやすい物理現象だ。 洪水の跡を雑巾で解決し、石鹸で丁寧に洗った手でこれをタイプしている。 健康診断に、二日分の便を要求されている。バーガーばかり食した上、夕食を抜いた私だが、きっと明日朝のタスクは達成できる筈だ。もう災害も起こさない。 メディカルプラザ様、私、こんなカオティックな日常を送っていますが、どうか頭以外は健康だと診断してください。健康で長生きしたいです。 嗚呼それにしても腹減った。

    労働疲労による認知機能の低下とそれが引き起こすリスクの一例
  • 私にとっての外国語

    最近また英語熱が再燃してきた。 理由は幾つかあるが、一つは映画「TENET」を観たこと。もう一つは偶々Youtubeのおすすめに出てきた、日本人Youtuberによる英語学習チャンネルを観たこと。 話さない期間が続くと当然鈍るが、自分で言うのもなんだが、自分のレベルであれば、定期的にメンテナンスすれば一定のスキルは維持できる。今回の再燃は、メンテナンスの意味と言うより、英語を発音することによる快楽を求めたものである。 言い換えれば、自分の得意なことを行うことにより、自尊心を満たしてやる行為である。 その日本人Youtuberはタイ在住のアイルランド人(母語=英語)にタイ人訛りの英語を真似し、笑いを誘う訳だ。Youtubeには、ネイティブによる、英語圏の地域別アクセント(訛り)や国別アクセントを真似する動画が乱立していて、英語学習時代、よく観たものだ。 特にアイルランド訛りは酷く、訛りの癖の強いアイリッシュYoutuberチャンネルをよく観た。 久々に英語が喋りたく、気が向いたらそのうち、オンラインの英会話レッスンでも試そうかと思っている。 とまあ、いつも通り随分偉そうに語っているが、外国語学習程コスパの悪いものは無い。あれだけ時間や金や努力を費やしたが、字幕なしでみる映画の理解度は60%くらいだと思う。特に最近観た「TENET」だと中二病心擽ぐる、物理用語満載の時間逆行SF作品なので、「ん?」な単語満載だったと思う。 日常表現だと字幕より音声が先に入ってくるのだが。 基本的に外国語を覚えても、何かに掛け算しなくては価値にならない。例えば、金融知識×英語の様に。であれば、先に金融のプロになるべきである。母国語で専門概念を理解していれば、英語は後からついてくる。 私の場合、英語を美術で勉強したく、叶うなら海外の大学院で研究したく英語を勉強していたが、寧ろ英語の方に “into” ハマってしまって、美術の方が疎かになって、結果的に、野心の収縮に繋がったと思う。 芸術家であれば、寧ろ作品が素晴らしければ、言葉を超越して伝わるし、自分のアートの認知度が高まれば、優秀な通訳や翻訳家が着くかも知れない。 確かに絵画にレジデンスしたり、留学などするのであれば最低限自力で外国語を駆使していく必要があるが、あくまで自身の芸術、前例を繰り返せば、金融の知識が必須事項なのだ。あくまで言語はそれを伝えるツールでしか無いので、必ずしも自身で駆使する必要は無いのである。 一方、通訳を通して自身の作品を語っていたクリエーターが、最終的には自身の口で語りたく、外国語の学習をスタートすることもある様だ。何かで、その様に至ったクリエーターを観たんだが、誰だったか完全に忘却した。 わかる。日本に居れば話すことなどなかった、北欧や南米の人間と、「英語」という共通言語があるだけで、冗談を言って笑い合えるのだから、これ程素敵なツールもない。 ただ、元々母国語として英語を話す者のアドバンテージたるや、心底腹が立つ。彼らはよく外国語としてフランス語を勉強するらしいが、自分の生活を好転させるため、外国語を学び、西欧に出稼ぎに来ている東欧出身者の学習動機とは、真剣度が違う。 一緒に皿洗いやキッチン清掃をした、ルーマニア人は祖国に家族や彼女を置いて出稼ぎに来ていた。 塾講師時代、英語も教えたが、オーストラリア仕込みのネイティブ発音をしたら授業中に笑いが起こった。彼らの学習の邪魔になっては困ると、私はすぐジャパニーズアクセントの英語に直した。 日本人に英語を話せとは思わない。只、言語の理解は、文化や思考法の理解だ。異質なものの排除ではなく、異質なものの受容を。 あなたも、世界中の人間を均等にシャッフルされたら、非常にユニークな、ニホンジンなのだ。 あなたの身の回りの異質と感じるものは、きっとあなたの概念をリニューアルしてくれるかも知れない “something new” の可能性がある。排他主義は停滞だ。「その異質さに面白さを見つけること」がきっとあなたのすべきことだ。 同意しなくていい、 「私とは違うけど、そういう考えもありかもね。」 共感や受け容れを。そういうことが生きやすい世の中を作るのだと、この変態は思っている。

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  • ルサンチマン

    まさか、自分が何かブログを書こうとは。まして、それを公開/SNSで共有しようとは。 何の予定も無い六連休に、アカウント取得だけして放置していたブログを触ってみると、意外に筆が進んだ。自分にとって何か作ることは、本来、それ程の暇がないとできないことなのかも知れない。無限に時間があると思っていた、小中学校時代、親に通わせてもらっていた絵画教室で、油絵具と戯れるのが最高に幸せだった。時間や金といったリソースの限られる今の私には、あのゴッホ的な戯れはできない。 確認すると、このブログアカウント作成は2019年1月。もっと前な気がしていた。 【下山の初心者】に頂いた、友人オオコシのコメントはある種図星だ。【下山者のメンタルチェックに来た友人と料理のコンセプト】で、言い訳の様に公開返信しているが、恐らく、客観的に見て、オオコシの指摘が正しい。 誤解を招きそうなので正確に記述する。 あ、自殺願望はマジでない。能力が低くて自分に失望することはよくあるが。 私は、彫刻を一生やるんだと決意して、2年も大学院浪人した挙げ句、夢を捨てきれず、英語で美術を勉強すべく、海外に行き、帰国したら年齢的にもフラフラできず、四苦八苦しながら、気付けばしっかり社会の歯車にハマっていた者だ。 まあ、めちゃめちゃよくある話。ブログを書き始めてから、不思議なもので、苦手だった小説を読んでいる。学習も兼ねて。ミーハーと言って頂いて結構だが、又吉直樹の「火花」を読んだ。芸人なんかだと、この手の「気付けば『夢』とは違う道を歩んでいた」話は腐る程あると思う。 美術家としてご活躍されている諸先輩方からすれば、「個展も開いたことも無いくせに何を寝ぼけたことを」と言われて当然だが、私にとって大切なものであったことは間違いない。 3年くらい前は、「夢も目標もなく」失望していた。同い年の仕事仲間にそれを吐露したが、余りの重さと現実との乖離に、大変困らせたと思う。今も基本的にはその延長に居ると思う。 アイルランドに行く前だったか、否、帰ってきてからだったか、留学でお世話になったカウンセラーに、「そもそも大学院に受からなかった訳だから、結婚とか普通に幸せになった方がいいんじゃない」と言われた。オオコシの提案と同じだ。 結婚すれば幸せになるとは限らないが、仮になったとしたら、このブログは終わりかもしれない。何せこのブログは諸々のルサンチマンを原動力としているから。 少しの夢と、少しの希望と、少しの勇気と、少しの不満が原動力。 ブログを完全公開にしていることにより、かなり【サトラレ】的感覚に陥っている今日この頃です。どうか不必要にキモいと思われません様に。

    ルサンチマン