∬ Takuma Tsuchidfa ∬

  • 【ご依頼】【PPT社内共有】このブログを発見されたあなたへ

    各位 お疲れ様です。Takumaです。 私は今月より、このブログの投稿を行っております。一点懸念事項がございましてご連絡致しました。 本ブログは完全にワールドワイドウェブ(以下www(笑っている訳ではありません草))に公開しており、どなたにでもお読み頂けます。故に、誹謗中傷は無いにしても、マイナスな意見が生じる可能性があります。 wwwに公開するにあたり、その辺りは覚悟を持ってやっている訳ですが、一つ懸念点があります。 勤務している会社の人間にこのブログを発見されることは、正直結構恥ずかしいです。このブログはFacebookでもシェアしていますし、Facebookのアカウントも投稿も基本的に公開状態です。Facebookには社内の友人が一人居て、社歴の長い彼の友達には多数の社内の人間が。 加えて、私のFacebookは無防備にも詳細な職務経歴と、2009年くらいからの友人とのバカ騒ぎの写真やら何やらが掲載されています。今更公開限定できる数でもないですし、そんな気もサラサラ無いです。自分の子供が自分のSNSアカウントを発見したらどうしようとか考えなくも無いですが、一旦その100km手前の恋人作りを心配することにします。私は本名で投稿し、世界中の色んな方と繋がることに可能性を感じています。 instagramで、自分のアートを投稿し、フォローしたスウェーデンのおばちゃん画家に、iPadのアプリは何を使って描画しているのか質問したりするのが楽しいのです。 どちらかというと鍵アカウントを作る派の気持ちがあまりわからないのですが、それでもこのブログを会社の人間に知られるのは恥ずかしいです。 どの会社も社外秘情報には神経質ですが、ウチの会社も業界的にも特に厳しい方だと思います。間違って業務内容や顧客の情報をWebにアップしようものなら大問題です。 それ故、一定SNSパトロールしている暇な上司がいないとも限りません。ウチは本来副業可なのですが、一旦秘密裏に、モデル業を開始しようとしたのですが、秒でバレました。それについては、退職した元上司の奥さんと前の会社が一緒で、モデル業開始をLINEに投稿したのを見て、その情報をご主人へ、ご主人が社内の人間へ共有したのではと睨んでますが、定かではありません。 ま、私の名前を検索すれば、このブログへのリーチは朝飯前の前くらいです。 ごめんんさい。普段はもっと上手なビジネスメールを打っています。 投稿の一部に社内の人間の特定が出来そうな、登場人物の表現がありましたので、表現を変えました。 ですので、このブログを見つけても、そっとしておいてください。或いは、記事を一定楽しめたなら、「あの投稿が好きでした」などのポジティブなフィードバックを下さい。 「あのブログキモいね」というフィードバックは、「あの子、あなたの悪口言ってたよ」くらい要らないです。お口に合わないのなら召し上らなくて結構です。 (嗚呼、これで安心してブログが続けられる。) 以上、雑駁ではございますがご依頼でございます。本件、ご理解頂けましたらご返信はご不要でございます。 今後とも宜しくお願い致します。 ======================================================   変態お洒落エッセイブロガー   Takuma Tsuchida   Blog: https://takumatsuchida.wordpress.com/   Facebook: https://www.facebook.com/takuma.tsuchida   Instagram: https://www.instagram.com/takumatsuchidasculpture/   twitter: https://twitter.com/takumatsuchida ======================================================

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  • 秋を抱く

    名実共に秋になりましたね。 少し早いかも知れませんが、気温の低かった日に、ベージュのステンカラーコートを羽織ったり、別の日にキャメルのコーディロイのセットアップを着ました。茶のスエードチャッカブーツを履いて。アイスだったコーヒーをホットにして。 通気性の良いジャージー素材に飽きていたので、やっとという所です。年明け以降、どうやら体重が落ちた様で、春夏のスーツは挙ってウエストが緩くなりました。体重的には大学時代にかなり近く、恐らく顔はコケて見えます。 知人に、「ストレス?」「コロナの影響で心労?」などと聞かれますが、分析するに、冬の二度の高熱、緊急事態宣言中の徒歩通勤、夏場のジョギング習慣にて齎されたものです。 ウエストは緩いですが、マイAWファッションを身に着け、満足している今日この頃な訳です。 季節の自然の色を取り込むのが、一つのファッションのテクニックだそうです。寒がりが起因してか、秋冬は暖色を着たがります。茶とかグレーのものを首に巻けば、Private髭男dismの完成なのですが、今手元にあるのは、赤い薄手のものと、ショッキングピンクの大判のストールです。 ウチの前にはナナカマドの並木があり、秋冬はその赤を見て出勤するんですが、そういう意味ではキチンと季節の色を拾えています。 春先には冬服飽きたとか思っているのでしょうが。 という意味では、日本に四季があって有難いです。 2011年4月〜2013年3月までは、日本を離れていましたから、四季の感覚が薄かったです。アイルランドは、雨や曇りの日が多く通年薄ら寒いし、オーストラリア(かなり広大なので相当地域差がありますが)は大袈裟にいうと常夏です。 道産子の私としては雪に飢えてました。雪のない冬が物足りなかったんです。別に雪合戦がしたいとか、ホワイトクリスマスが好きとか、そんな無邪気な理由は持ち合わせていないのですが。同居していたフィンランド人のタルに同意を求めたら、「私、雪、冬嫌い。オーストラリア最高なんだけど。」と全く同意を得ませんでしたが。 地軸の傾きが影響し、大分日の入りが早くなりましたね。日照時間の減少は我々のメンタルにマイナスの影響を与えます。北欧の自殺率が高いのが示す様に、日照時間に反比例して病む場合があります。 季節性鬱とか本当か?と思っていましたが、計測してみると、秋の失恋の数値が高く、私も例に漏れず、近しい感覚になることを近年確認しました。 私の癖(へき)の様なものですが、どうもメンタルの弱い方に惹かれる、及び好かれる傾向が高いです。恐らく私自身、元来メンタル強めの構成なのですが、一人、また一人と経るごとに彼女らの要素を薄めて、1%程、自分の特性として体内に取り込む様なのです。弱い精神ならそれを、潔癖ならそれを体内に。 以前のエントリ、 【今年の秋の流行色】https://takumatsuchida.wordpress.com/2020/09/06/%e4%bb%8a%e5%b9%b4%e3%81%ae%e7%a7%8b%e3%81%ae%e6%b5%81%e8%a1%8c%e8%89%b2/ …で触れたことも総合し、 秋が私をセンチメンタル、又はアンビバレントな気分にさせるのは、好きな秋冬ファッションが着られる嬉しさと、日照時間の減少及び過去の秋の失恋、という両義的要素の結果であると思っています。 秋に関する投稿をこんなに繰り返す訳ですから、基本的に秋が好きで、今年はより楽しめそうな気がしているのです。 あなたの秋の楽しみを教えて頂けませんか。あ、季節の変わり目は風邪を引きやすいのでご自愛くださいね。

    秋を抱く
  • 下山者のメンタルチェックに来た友人と料理のコンセプト

    【下山の初心者】 https://takumatsuchida.wordpress.com/2020/09/14/%e4%b8%8b%e5%b1%b1%e3%81%ae%e5%88%9d%e5%bf%83%e8%80%85/?fbclid=IwAR0aFGWOSZm9MwCi_eOl1E2fNfLs2eTEHQsLKr8zOgT6tfrgXaBlbVGood8 先般の投稿に友人がコメントをつけてくれたので、それに返信する形で、改めて該当の投稿について考えたい。友人のコメントを基に記事を書く許可を得ています。 >こんなこと言う関係じゃないんだろうけど、タクマの話を全部読んで思ったことは、自分のやりたいことそれなりにやって、ある程度満足もして、そして独身生活に飽きて、時間をもてあましてるんだろうなと思った。 まずは、全部読んでくれて、本当に有難う。概ね当たってる。オーストラリアから2013年に帰国してから今まで、社会生活に適応するのと、ゆっくり夢を諦めるのを同時にやった(正確に言うと、結果的にそうなった)感じ。良い人がいれば、結婚しないこともない。独身に飽きたつもりもないけど、既婚者に比べたら贅沢な時間の使い方はできるよね。どちらかと言うと、去年婚活をしてそれに疲れたので、割と一人を楽しんでいるつもり。何なら、素敵な人を見つけて、その人の警戒心を解いて、仲良くなって、連絡先交換して、食事行って、その他諸々の手筈を踏んで、その上、結果的に、価値観なり、体の相性なりが合わなくて、振り出しに戻るのが煩わしいので、今はまあ一人でも良いかなと思っているよ。 >達観しているように書いているけれど、タクマも分かってると思うけど、達観とは遠いと思うし、次の目標がないから、こうなっちゃうんだろうなと思う。だけど、自分のことに一生懸命になるのも飽きたんじゃない? 達観してるね。目標は確かにない。仕事は、コロナの影響を受けてガラッと変わった業務内容に、割とハマっているので、それなりに頑張っている。この夏は結構な頻度でジョギングした。とは言え、当時一生懸命になっていた何かとは明らかに違うね。この点は同意。 >可能であれば、結婚して子供作ったらいいと思う。私はもう自分の為に使う時間はもう十分に楽しんだから、なによりも子供が欲しいよ。 愛する人が居るなら、それが一番良いとは思う。 >おばさんのいう若いんだからっていうのは、タクマのは達観には程遠いし、だけど、各年代で、肉体的に出来ること出来ないことがあるから、まだ若い内に出来る事しなさいという事なんじゃないかな。あと5年もしたら、物理的に若いって言葉は言ってくれることはなくなるし、それはそれで悲しいと思うよ。若いって言われたら、喜んでおけばいいんだよ。 叔母の言葉に対して素直ではないよね。主観では棘のあるい言い方にはなっていなかった筈なんだけどね。基本的には老いに抗っているよ。ただ、若さに執着し過ぎると、それは苦しみになるから、(体力的には)既に下山段階に入っていることを、正確に見ようとしたつもりだったんだよね。有難う。 *** LINEで、本項にコメントをくれた真意を聞くと、「不幸感が出ていて、死ぬのではとヒヤヒヤした」とのことでした。彼女は医療機関に勤めていて、「そういう人達」も搬送されて来たりするそうなので、そういう思考に至った様です。 自分が、割と正直に書いているものに対して、所謂マジレスしてくれるのは本当に有難いですね。 彼女だけでなく、同様な心配をされた方が他にもいらしたら、本当に申し訳ないです。 手の内をバラす様ですが、現状の投稿は、私の経験に基づく実体験や、その当時の気持ちや、現在に於ける考察を、その他ランダムに思いついたものと組み合わせて構成しています。 あまり、事実と乖離させたくは無いですが、数パーセント程度は大袈裟に表現したりはしています。エンターテーメントですから。エンターテイン出来ているかどうかは置いておいて。 基本的には、私の恥部を切り売りして、煮込んでお出ししているので、鬱鬱としていたり、キモかったり、臭かったりします。 私としては、召し上がって頂けるギリギリのものを提供しているつもりですが、人によっては、投稿によっては、腐って見えたり、実際お口に合わないこともあるかも知れません。 全体として、私の「愚痴」になっているのであれば改めなければなりません。 最近、私の周りでは見なくなりましたが、SNSで、稀に、ネガティブな投稿、つぶやきを投稿される方がいらしゃいました。 それと同様なものに過ぎないのであれば、改めるか、こんなブログはやめてしまった方が良いでしょう。勿論、何かポジティブなものを書いても良いでしょうが、恐らくそれは、味のしない料理になるのでは無いかと思います。 「ポジティブにならなきゃダメだ」という思いこそ、却ってマイナスに作用するそうです。「格好悪い部分、醜い部分があってもしょうがないではないか」と受容する方が、余程健全です。 繰り返しになりますが、私は大して病んでいないです。 食欲もあるし、良く寝られるし、オンオフ関わらず50秒に1回スケべなことを考えています。 これに関しては、主観でなく、第三者や医者が判断することでしょうから、何かヤバければ、良い医者でも紹介する旨のコメントを下さい。 美味しいところを一気に出したので、最近ネタ切れ感パナイですが、内容や形式など変えながら、もう少しエンターテイン出来たらと思います。 おおこしサン、ネタの提供有難う。

    下山者のメンタルチェックに来た友人と料理のコンセプト
  • 下山の初心者

    叔母と偶に「デート」をする。 何のタイミングだったか忘れたが、「まだ若いんだから」と言われ、少しカチンと来た。自分もいい大人だと思っているからか、何なのかわからないのだが、咄嗟に… 「今日はこれからの人生で一番若いかも知れないけど、今までの人生では一番年老いてるんだよ」 …と、よくわからない、名言の逆みたいなことを言って反論した。 流石に、体力的なピークは超えて、ゆっくりと下り坂を下っていくのがわかる。若いと言われてもピンと来ない。 ある後輩に誕生日のメッセージを送り、そのラリーで、「こんな歳になっちゃったね」とか、先述の、下り坂の例えをしたら(今思えばお祝いのメッセージのついでに俺は何てこと言っているんだと思う次第)、「私は次の山に縦走するイメージです」と返ってきた。成る程、そういうイメージもあるのか。 素敵だなと思いつつ、私は飽くまで山を下るスタイル。 仏教用語の四苦八苦の四苦は、生、老、病、死の苦しみ(八苦はご自身でお調べください)。平和ボケした日本に生まれた者が言うのも痴がましいが、何千年前のインド人も私と同じことを思ったのだろうか。 老いも死も怖くはないが、これから全て下っていく感覚があるのに、100歳まで生きるのかと思うとダルい。 そう思って、「老いの流儀 小津安二郎の言葉」を買った。まだ、一頁も読んでいない。多分、どこかでまだ一ミリくらい「自分はまだ若い」と思って、明日また読めると積読している。手元には無いが、赤瀬川源平の「老人力」も読みたい。 明日も、時間的には今日も、じじーの顔を洗って、青年とまではいかなくとも、壮年ぐらいに整えて、色んなものを隠す様にスーツを着て会社に行く。 多分、叔母に彼女の死生観を尋ねることはない。大丸でランチしながら、スマホの使い方を教えるくらいの具体的な話でないと、息が詰まって死ぬ。

    下山の初心者
  • 丁寧語の効能と副作用

    一人称単数 一人称の選択も困るが、「です/ます」と「だ/である」の選択や、「敬語/タメ語」の選択も困る。 人様のブログや文章を見ていると、ですます調も美しいなと思う。上品。である調はなんか偉そうだ。である調の方が自分の表現としてあっている気がして使用しているが、使い分けができれば尚良い。 以前、ビジネスメール調のLINEを書く女性を好きになり若干それが移った。当時は、彼女の綴った一語一句、否、一画一画に痺れた。忘れたはずの頃に、別の女性に同じトーンでテキストしていると「もう少し肩の力を抜いてもらえますか」などと懇願される。 かと言って、ライトにやりとりしているとチャラいと思われるのか、未読スルーをカマされたりする。 男性にとって特に厄介なのが敬語。人によるかも知れないが、女性はいとも簡単に上下関係度外視でタメ語を駆使している(様に私には見える)。 自分でも心が狭いと思うが、歳下、及び社内でのポジションが下(上とか下とか随分下品な表現だが、他に思いつかないからご容赦頂きたい)の男性の、私に対するタメ語に違和感(他に適切な語がありそうな気もするが嫌悪感と言えば言い過ぎなので一旦)があった。 もしかすると、「その」歳下の上司の言葉の端々に、私に対するリスペクトを感じられなかったから、という理由だけかも知れないが(今は、歳下の上司からのタメ語に何も感じない。寧ろ見守って頂けている様で有難い)。 「社会人であれば年齢/地位の上下関係なく全員に敬語を使用すべき」というポリシーを私が掲げていたことが、その違和感の要因だ。教員時代、私の尊敬する先輩は、10コも離れているのに私に敬語を使った。 確かに、パブリックスクールの文化はかなり前時代的だが、今の業界もカジュアル過ぎる。私ではタメ語など、到底使用できない相手に、難なくタメトークしている同僚(女性)など見ていると驚きを隠せない。確かに彼女は、タメ語が許されるか否かの、判断力・空読力にめちゃめちゃ長けているので成り立っているのだ。 そういう環境にいるので、当初のポリシーは絵に描いた餅となった。 前回の投稿「一人称」然り、今回の「タメ語」等の問題然り、これらに関わる私の諸問題は、一定、私が縛られている「男らしさ」の問題を孕んでいる。 「男らしさ」、「女らしさ」に代表される「○○らしさ」の呪縛は、大なり小なり皆抱えている。私はもう少しこの呪縛から解かれたい。が、この考察は次回に譲る。 兎に角、35にもなるのに、恋愛でもビジネスでも、リングイスティック ディスタンス(言語的距離)の取り方がわからない。 言語的バランス感覚の優れた女子に「考え過ぎじゃね?」と一喝され、その一瞬は解決しそうだ。

    丁寧語の効能と副作用
  • 一人称単数

    あなたが使う一人称は何ですか。 女性の場合、使うのは「私」ぐらいだろうか。或いは、関西人か小学生であれば、「うち」などと言うのだろうか。 私の場合、選択性は三つ。「私」、「俺」、「僕」。この選択肢が普通なのかよくわからないが、ひょっとして女性は、一人称の選択に迷うことなく「私」と、英語の「I」の様に迷わず使用できるのだろうか。 私が使った一人称の変遷は、恐らく、世界が家庭内だけだった時は下の名前。幼稚園に通うようになり「僕」。友達が使っている一人称に憧れ「俺」。上下関係を意識し始め、再び「僕」。社会に出て「私」。 以前塾講師をしていた時、「僕」を使いながら授業をしていた。「私」や「俺」では随分偉そうだなと思った結果の選択だ。先輩ベテラン講師に呼ばれ、一人称を「先生」にするよう指示された。その人は「俺」を使っていたが、それはそれでキャラに合っていた。「僕」ぐらいの方が、偉そうでなく、生徒と上下関係のない感じがして良いかなと思ったが、却ってそれが良くなかったらしい。 公立中学校でも塾でも、確かに生徒にナメられるきらいがあった。それが最終的に教育業界から足を洗う要因となった。そのナメられを懸念したアドバイスらしかった。 以後、「先生」を使用したが、授業のクオリティとして、何か改善した気はしなかった。 当然会社では、「私」を使用するこになるが、稀に「僕」や「俺」が顔を出す。上司にミスを報告する際、思わず「僕」が出ることもあるし、年下の同僚や部下と過ごす、休憩時間や飲み会で気が緩むと「俺」が出る。 思わず出る一人称は気の緩み。先生を「お母さん」と呼ぶのそ逆で、子持ち男性教師が誤った一人称として「お父さん」を使う様に。 できれば、「私」で統一し、動揺や気の緩みを悟られたくない。 私が「私」以外を使用したら、あなたに気を許しているか、動揺しているかのどちらかです。

    一人称単数
  • シングルモルトの嗜み方

    会社の友人の新居探しに同行した。 本人、私、もう一人の友人で。「友人二人も連れて内覧のケースは初めてです」と、不動産屋は笑った。 同棲していて結婚目前だったが、他人から見れば「そんなことで」と思うことで破局した為、急遽、新居が必要になった。彼が彼女を本気で愛していたのは知っている。「愛情が故の行動が、裏目に出てそういう結果になったのだから、その『愛情』を理解できなかった人とはそれまでではないか」とは思うものの、二人にしかわからないこともあるから、特にこれについては考察しない。でも、まあ世間一般的によくある話だ。 引っ越しをする理由は様々だ。進学、転勤、結婚、同棲、離婚。或いは、その土地に憧れてとか、2年に1度は引っ越すことにしているとか。いずれにしても、その人の「人生に」と言えば大袈裟かも知れないが、「生活に」はかなりのインパクトを与える。 自分の人生が苦しいという切実なもので無くとも、小さい不満があったり、飽きが来ていたりなどの理由で、人生に変化を起こしたい時があるかも知れない。 タイムラインに流れてくる名言のコピペだが、 ・習慣を変える ・付き合う人間を変える ・住む場所を変える …ことで、自分や人生に変化やインパクトが与えらるらしい。 まあ、私と同世代であれば、もう変化より安定が欲しいだろうか。 一つ目は、コンクリート打ちっ放しのシャレオツ物件。部屋を分断するパーテーションが和のデザインでユニークだが日当たりは最悪。二つ目は、床が明るめの色の、どちらかと言うと女性が好きそうな内装。只、一階で、向かいの戸建ての陰になり、日当たりは余りよろしくない。三件目が本命で、パーテーションを開けっ放しにしておけば、かなり開放的な空間だ。日当たり良好。最後の物件は、一番築年数が若かったが、やはり窓の向きにより、終日の点灯が必要だった。 「破局後の一人暮らし」文字に起こせば悲惨だが、恐らく、新しい家具を揃えたり、我々と新居パーティなんか催したりなんかしちゃったりして、身軽になった生活を楽しむ彼を、私は割と高解像度で想像できる。彼は、本命物件に決め、我々は解散した。 我々3人は今後、新設オフィスに移動予定で、職場も同じ、居住エリアも一駅違えどご近所だ。めちゃめちゃ気が合うかと言えば、多分そうでもないが、仕事の愚痴を言い合ったり、独身で持て余した時間をシェアするには適任同士だ。 なんだかその日はリア充していて、物件ツアー解散後、同級生のバツイチ、独身の男とサシで飲んだ。 二十代半ばに十代の娘(こ)と結婚したが、相手の浮気が原因で離婚。その後、それが若干トラウマになり、どの女の子とも長続きせず。付き合っては別れを繰り返している。タイプの違う私たち二人だが、拗らせ方がだいたい同じで、悲しいかな一緒に飲んでいて悪い気はしない。 我々は、翌月合コンか、相席居酒屋に行くことを約束し別れた。 あの時あの子と結婚してれば、なんて思ったこともあるけど、何だかんだ今が一番幸せだ。結婚や子供も、それはそれで幸せかも知れないが、これはこれでハッピーだ。 「娘は可愛いけど嫁は恐い」なんて愚痴を肴に、私は「シングル」と名付けられた、やや拗らせた、しかし味わい深い酒を今日も嗜む。 友よ。暫くは俺と、この酒を楽しもう。その酒を心から楽しめる者には、きっと次の酒が用意されている。 「乾杯」

    シングルモルトの嗜み方
  • 性善説と性悪説、痴漢と冤罪みたいなもの

    中三の時の公民のテストだったと思う。 中二の半ば以降、やる気の糸が切れた私の成績は、綺麗な傾斜を描いて降下した。 そのテストは、丁度、手を抜いた分だけ100からマイナスした様なスコアだった。 アフターコロナのことは知らないが、恐らく、テスト返却後の流れは、今も昔も大体同じだろう。教師が設問1から順に、解答を板書しながら解説を加える。 全ての解説が終わると、教師は個々の配点を生徒に伝える。或いは、解答用紙に配点の記載があるかもしれない。生徒は、各配点と丸の数を掛け算し、さらその積たちを足し算などしながら、教師のつけた点数に相違がないか確認する。優秀な者は、ペケの付いた所を100からマイナスするだけでチェックができたかもしれない。大事なテストの点数だ。生徒はちは、目を光らせ、教師の採点ミスがないか、1点でも加点されないか、言うなれば粗を探す。 中には、点数が上方に誤っているのに、その申告が減点を招くのに、教師の採点ミスを申し出るものが居る。中学生のうちからそんなに徳を積んだら、輪廻から解脱してしまう。 計算間違い以外の要因で、点数が本来のものと相違しているケースがある。覚えているだろうか。 「正答を書いているのにバツが付けられている」、又は、「誤答であるのに丸が付いている」場合だ。後者は黙っていれば、ラッキー加点状態だが、前者は申告しないと本来のスコアは貰えない。 但し、そこで問題が発生する。教師の目を盗めば、「正答を書いているのにバツが付けられている」を捏造することは容易だ。 教師も人間だ。計算間違い程多くは無いにせよ、丸/バツが何故か逆に付けられることは、割と頻発する。 しかし、一つの答案用紙のうち、「正答を書いているのにバツが付けられている」ものが、三箇所発生する事態があるだろうか。せいぜい二箇所だ。 その公民の私の答案用紙では、その事態が起こっていた。 当然、私は正当な権利として、その申告の為に列に並ぶ。「ここ、合っているのにバツが付いていました。」「こっちもです。」「あと、こっちも。」 三つ目の申告で教師の手がピタリと止まり、私と目を合わせた。彼が私の不正を疑っていることはわかった。 怖いもの知らずの、スクールカースト上位の女子なら「え、先生ひどーい。私のこと疑ってるでしょ。完全に三つ間違ってたから。」で済んだかもしれない。 彼の疑念を察知した私は硬直し、却って、犯人ヅラになった。 教師は、私の顔を暫く眺めたのち、ゆっくり丸を付けた。 まあ、確かに、「お前やってるだろ。」とは中々言えまい。 そんな出来事は、記憶の引き出しに入り、その後幾年もの出来事の堆積に埋もれ、「名称未設定」と名付けられた、最下層のフォルダーにしまわれたまま、取り出されることは無かった。筈だった。 オーストラリアから帰国後、直ぐに、期限付きの美術教員として、地方に配属された。 美術のテストを廃止する学校が多い中、そこではまだ存在していた。余り気乗りはしなかったが、適当な、易しい問題を作った。一学期、二学期、三学期、毎度当て擦る様に、同じ様な問題を出した。学年末テストは特に、予想問題まで作り、暗に、いやもう明らかに、「これらが出ますよ」と伝えた。 学年末テストだったと思う。一年生の、かなり勉強が苦手な生徒が、「正答を書いているのにバツが付けられている」箇所の申告に来た。 それは、「三箇所」あった。 バカみたいに簡単に作ったテストで、私が、一人の生徒の答案用紙上に、「正答を書いているのにバツが付けられている」を三度やらかすだろうか。 その生徒への疑いというより、三箇所も間違う訳は無いという、自分の採点への信頼だった。 今となっては教員の反応として正解だったかわからないが、「本当に?」と彼に投げかけた。 生徒は、「いや、やっぱりいいです」と引き下がった。 「いいならいいか」と後追いしなかったが、起きた出来事は担任に報告した。担任は、「丸もらえなかったんだって?」と性善説的なフォローに回った。 別の二人の教師は、「絶対やってるでしょ」と僕の疑念の肩を持った。 真実はその生徒しか知らない。捏造をしたなら、私の投げかけた質問は、「嘘はいけない」という彼の学びになったかも知れない。もし、彼が白だったら? 十中八九それは無いんだが。 正解を捏造するのは、二箇所が限度だ。三箇所は多すぎる。私が中学生の時は、そのくらいの知性はあった。 彼は嘘をつくのが下手だったのかも知れないし、私は「ホントをつく」のが下手だった。

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  • 恋人候補の通信簿の付け方講座

    あなたが恋人に求める条件は何ですか。 恐らく、一点に絞るのはなかなか困難かと思うので…、そうだなあ、三つ挙げて貰えますか。 思いつくまで、スクロールしないで。 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 考えてくれて有難う。 じゃあ、その三つを教えて。 うん、うん。何だか、確かに、あなたが好きそうなタイプが浮かび上がった気がする。 でもさ、究極の質問。 Aさん、Bさん、その三つのポイントが、全く、小数点まで同じスコアの二人から告白されたら、あなたはどうしますか。四つめに設ける評価項目は、何を設定しますか。 関心/意欲/態度。出席率。知識/技術。思考力/判断力/表現力。 思いつくまで、スクロールしないで。 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 その答えは。あー成る程。確かにその評価基準であれば、点数に差がつくかもね。 勘の良い方は、きっとお気づきだろう。 実は、その第四の評価基準こそ、あなたが最も重要視する評価基準らしい。 ん?私? 第一〜第三項目は、「一緒に美術館に行ってくれる人」、「私の『ファンションバカ』を理解してくれる人」、「お互いのダメな所受け容れ合える人」だ。 ん?第四項目?ビジュアルだよ、ビジュアル! *** 今日、コロナの影響を受け、統廃合された我が部署に、新たに加わったメンバー達と飲んだ。その子は、毎度、この心理テストを皆んなに試すらしい。 成る程、割と真理を突いている。 あなたの身の回りの、「美術鑑賞が好きで」、「レディース、メンズ問わずファッションが好きで」、「優しい」、「美人」がいたら、直ぐに私に連絡してほしい。お付き合いできた暁には、ビットコインを好きなだけ差し上げよう。 https://www.amazon.co.jp/K-SHOP-%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%93%E3%83%83%E3%83%88%E3%82%B3%E3%82%A4%E3%83%B3/dp/B079NJ1W6K ん?いつもの投稿と違うって? 私は知っている。私のブログの読者は、偶にはこういうカジュアルな記事も嫌いでは無いことを。俺の引き出しはこんなもんじゃ無いぜ? では諸君。良い1日を!

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  • 胆振東部地震

    恐らく、これを書き終わるかどうかという時間に、胆振東部地震から2年経つことになる。 私たち家族にとって、あの地震はかなりインパクトのあるものだった。 いや、あの時北海道に居た者は、過去のどの地震よりインパクトを受けたに違いない。初期微動P波を身体で感じたかどうかくらいのタイミングで、スマホが地震を知らせる。コンマ何秒か後のS波で、それのヤバさを感じた。引き続きスマホは私に地震を知らせるが、一体、だからどうしろと言うのだ。 揺れが収まり一息すると、一定の周波数の音を出し続け静寂のふりをしていた、冷蔵庫の音が消えた。 そうか、これが本当の静寂か。意識に上らないストレス要因が、排除された時に初めて意識された。 危機管理能力の高い者は即座に買い出しに出かけたらしいが、私は「電気がない今一番の時間の有効利用は睡眠だ」と、目先の欲求を優先するタイプだ。その日、休みだった私は、昼まで寝た。適当にダラダラ過ごしていたら、電気が復旧した。私の住むエリアは札幌でもかなり早い段階で、電気の供給が再開された。医療機関が近いとか、諸々の理由により、優先されたのかも知れない。 後日、深夜買い出しに出掛けた者から、電気の無い札幌の夜空の美しさを聞き、ちょっぴり後悔した。 諸々落ち着いた後日、指示に従い出社した。結論、我々の積滞したタスクの一部を西日本の支社が肩代わりしてくれた。とはいえ、現場は混乱した。地震により営業停止した分の「借金」の量とその減らなさに、皆閉口した。 我々家族がやや特殊なのは、厚真町出身だと言うことだ。正確には、「私の父世代以上は」だ。前日までの台風による地盤の緩みに、地震がキックとなり、多くの家屋とその中の住人を土砂が飲み込んだ。 後日わかったことだが、空き家となっていた、高祖父以来の我が家も土砂が浚ったことがわかった。私にとっての正確な実家では無いが、多少の思い出もあるし、置き場所に困った卒業制作も保管してあった(不謹慎だか、処分の手間は省けたと思っている)。 どなたかは存じ上げないが、当時、ドローンで撮影したものらしい。うちの裏には浄水場があり、右手にある円柱型の建物がその一部だ。 私がわざわざ描写せずとも、道民はそれぞれの「あの日」を鮮明に描けるはずだ。 今や、全世代が共有できる流行歌は無い。共有可能な思い出は、災害か伝染病とは皮肉ものだ。

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