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  • 丁寧語の効能と副作用

    一人称単数 一人称の選択も困るが、「です/ます」と「だ/である」の選択や、「敬語/タメ語」の選択も困る。 人様のブログや文章を見ていると、ですます調も美しいなと思う。上品。である調はなんか偉そうだ。である調の方が自分の表現としてあっている気がして使用しているが、使い分けができれば尚良い。 以前、ビジネスメール調のLINEを書く女性を好きになり若干それが移った。当時は、彼女の綴った一語一句、否、一画一画に痺れた。忘れたはずの頃に、別の女性に同じトーンでテキストしていると「もう少し肩の力を抜いてもらえますか」などと懇願される。 かと言って、ライトにやりとりしているとチャラいと思われるのか、未読スルーをカマされたりする。 男性にとって特に厄介なのが敬語。人によるかも知れないが、女性はいとも簡単に上下関係度外視でタメ語を駆使している(様に私には見える)。 自分でも心が狭いと思うが、歳下、及び社内でのポジションが下(上とか下とか随分下品な表現だが、他に思いつかないからご容赦頂きたい)の男性の、私に対するタメ語に違和感(他に適切な語がありそうな気もするが嫌悪感と言えば言い過ぎなので一旦)があった。 もしかすると、「その」歳下の上司の言葉の端々に、私に対するリスペクトを感じられなかったから、という理由だけかも知れないが(今は、歳下の上司からのタメ語に何も感じない。寧ろ見守って頂けている様で有難い)。 「社会人であれば年齢/地位の上下関係なく全員に敬語を使用すべき」というポリシーを私が掲げていたことが、その違和感の要因だ。教員時代、私の尊敬する先輩は、10コも離れているのに私に敬語を使った。 確かに、パブリックスクールの文化はかなり前時代的だが、今の業界もカジュアル過ぎる。私ではタメ語など、到底使用できない相手に、難なくタメトークしている同僚(女性)など見ていると驚きを隠せない。確かに彼女は、タメ語が許されるか否かの、判断力・空読力にめちゃめちゃ長けているので成り立っているのだ。 そういう環境にいるので、当初のポリシーは絵に描いた餅となった。 前回の投稿「一人称」然り、今回の「タメ語」等の問題然り、これらに関わる私の諸問題は、一定、私が縛られている「男らしさ」の問題を孕んでいる。 「男らしさ」、「女らしさ」に代表される「○○らしさ」の呪縛は、大なり小なり皆抱えている。私はもう少しこの呪縛から解かれたい。が、この考察は次回に譲る。 兎に角、35にもなるのに、恋愛でもビジネスでも、リングイスティック ディスタンス(言語的距離)の取り方がわからない。 言語的バランス感覚の優れた女子に「考え過ぎじゃね?」と一喝され、その一瞬は解決しそうだ。

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  • 一人称単数

    あなたが使う一人称は何ですか。 女性の場合、使うのは「私」ぐらいだろうか。或いは、関西人か小学生であれば、「うち」などと言うのだろうか。 私の場合、選択性は三つ。「私」、「俺」、「僕」。この選択肢が普通なのかよくわからないが、ひょっとして女性は、一人称の選択に迷うことなく「私」と、英語の「I」の様に迷わず使用できるのだろうか。 私が使った一人称の変遷は、恐らく、世界が家庭内だけだった時は下の名前。幼稚園に通うようになり「僕」。友達が使っている一人称に憧れ「俺」。上下関係を意識し始め、再び「僕」。社会に出て「私」。 以前塾講師をしていた時、「僕」を使いながら授業をしていた。「私」や「俺」では随分偉そうだなと思った結果の選択だ。先輩ベテラン講師に呼ばれ、一人称を「先生」にするよう指示された。その人は「俺」を使っていたが、それはそれでキャラに合っていた。「僕」ぐらいの方が、偉そうでなく、生徒と上下関係のない感じがして良いかなと思ったが、却ってそれが良くなかったらしい。 公立中学校でも塾でも、確かに生徒にナメられるきらいがあった。それが最終的に教育業界から足を洗う要因となった。そのナメられを懸念したアドバイスらしかった。 以後、「先生」を使用したが、授業のクオリティとして、何か改善した気はしなかった。 当然会社では、「私」を使用するこになるが、稀に「僕」や「俺」が顔を出す。上司にミスを報告する際、思わず「僕」が出ることもあるし、年下の同僚や部下と過ごす、休憩時間や飲み会で気が緩むと「俺」が出る。 思わず出る一人称は気の緩み。先生を「お母さん」と呼ぶのそ逆で、子持ち男性教師が誤った一人称として「お父さん」を使う様に。 できれば、「私」で統一し、動揺や気の緩みを悟られたくない。 私が「私」以外を使用したら、あなたに気を許しているか、動揺しているかのどちらかです。

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  • シングルモルトの嗜み方

    会社の友人の新居探しに同行した。 本人、私、もう一人の友人で。「友人二人も連れて内覧のケースは初めてです」と、不動産屋は笑った。 同棲していて結婚目前だったが、他人から見れば「そんなことで」と思うことで破局した為、急遽、新居が必要になった。彼が彼女を本気で愛していたのは知っている。「愛情が故の行動が、裏目に出てそういう結果になったのだから、その『愛情』を理解できなかった人とはそれまでではないか」とは思うものの、二人にしかわからないこともあるから、特にこれについては考察しない。でも、まあ世間一般的によくある話だ。 引っ越しをする理由は様々だ。進学、転勤、結婚、同棲、離婚。或いは、その土地に憧れてとか、2年に1度は引っ越すことにしているとか。いずれにしても、その人の「人生に」と言えば大袈裟かも知れないが、「生活に」はかなりのインパクトを与える。 自分の人生が苦しいという切実なもので無くとも、小さい不満があったり、飽きが来ていたりなどの理由で、人生に変化を起こしたい時があるかも知れない。 タイムラインに流れてくる名言のコピペだが、 ・習慣を変える ・付き合う人間を変える ・住む場所を変える …ことで、自分や人生に変化やインパクトが与えらるらしい。 まあ、私と同世代であれば、もう変化より安定が欲しいだろうか。 一つ目は、コンクリート打ちっ放しのシャレオツ物件。部屋を分断するパーテーションが和のデザインでユニークだが日当たりは最悪。二つ目は、床が明るめの色の、どちらかと言うと女性が好きそうな内装。只、一階で、向かいの戸建ての陰になり、日当たりは余りよろしくない。三件目が本命で、パーテーションを開けっ放しにしておけば、かなり開放的な空間だ。日当たり良好。最後の物件は、一番築年数が若かったが、やはり窓の向きにより、終日の点灯が必要だった。 「破局後の一人暮らし」文字に起こせば悲惨だが、恐らく、新しい家具を揃えたり、我々と新居パーティなんか催したりなんかしちゃったりして、身軽になった生活を楽しむ彼を、私は割と高解像度で想像できる。彼は、本命物件に決め、我々は解散した。 我々3人は今後、新設オフィスに移動予定で、職場も同じ、居住エリアも一駅違えどご近所だ。めちゃめちゃ気が合うかと言えば、多分そうでもないが、仕事の愚痴を言い合ったり、独身で持て余した時間をシェアするには適任同士だ。 なんだかその日はリア充していて、物件ツアー解散後、同級生のバツイチ、独身の男とサシで飲んだ。 二十代半ばに十代の娘(こ)と結婚したが、相手の浮気が原因で離婚。その後、それが若干トラウマになり、どの女の子とも長続きせず。付き合っては別れを繰り返している。タイプの違う私たち二人だが、拗らせ方がだいたい同じで、悲しいかな一緒に飲んでいて悪い気はしない。 我々は、翌月合コンか、相席居酒屋に行くことを約束し別れた。 あの時あの子と結婚してれば、なんて思ったこともあるけど、何だかんだ今が一番幸せだ。結婚や子供も、それはそれで幸せかも知れないが、これはこれでハッピーだ。 「娘は可愛いけど嫁は恐い」なんて愚痴を肴に、私は「シングル」と名付けられた、やや拗らせた、しかし味わい深い酒を今日も嗜む。 友よ。暫くは俺と、この酒を楽しもう。その酒を心から楽しめる者には、きっと次の酒が用意されている。 「乾杯」

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  • 性善説と性悪説、痴漢と冤罪みたいなもの

    中三の時の公民のテストだったと思う。 中二の半ば以降、やる気の糸が切れた私の成績は、綺麗な傾斜を描いて降下した。 そのテストは、丁度、手を抜いた分だけ100からマイナスした様なスコアだった。 アフターコロナのことは知らないが、恐らく、テスト返却後の流れは、今も昔も大体同じだろう。教師が設問1から順に、解答を板書しながら解説を加える。 全ての解説が終わると、教師は個々の配点を生徒に伝える。或いは、解答用紙に配点の記載があるかもしれない。生徒は、各配点と丸の数を掛け算し、さらその積たちを足し算などしながら、教師のつけた点数に相違がないか確認する。優秀な者は、ペケの付いた所を100からマイナスするだけでチェックができたかもしれない。大事なテストの点数だ。生徒はちは、目を光らせ、教師の採点ミスがないか、1点でも加点されないか、言うなれば粗を探す。 中には、点数が上方に誤っているのに、その申告が減点を招くのに、教師の採点ミスを申し出るものが居る。中学生のうちからそんなに徳を積んだら、輪廻から解脱してしまう。 計算間違い以外の要因で、点数が本来のものと相違しているケースがある。覚えているだろうか。 「正答を書いているのにバツが付けられている」、又は、「誤答であるのに丸が付いている」場合だ。後者は黙っていれば、ラッキー加点状態だが、前者は申告しないと本来のスコアは貰えない。 但し、そこで問題が発生する。教師の目を盗めば、「正答を書いているのにバツが付けられている」を捏造することは容易だ。 教師も人間だ。計算間違い程多くは無いにせよ、丸/バツが何故か逆に付けられることは、割と頻発する。 しかし、一つの答案用紙のうち、「正答を書いているのにバツが付けられている」ものが、三箇所発生する事態があるだろうか。せいぜい二箇所だ。 その公民の私の答案用紙では、その事態が起こっていた。 当然、私は正当な権利として、その申告の為に列に並ぶ。「ここ、合っているのにバツが付いていました。」「こっちもです。」「あと、こっちも。」 三つ目の申告で教師の手がピタリと止まり、私と目を合わせた。彼が私の不正を疑っていることはわかった。 怖いもの知らずの、スクールカースト上位の女子なら「え、先生ひどーい。私のこと疑ってるでしょ。完全に三つ間違ってたから。」で済んだかもしれない。 彼の疑念を察知した私は硬直し、却って、犯人ヅラになった。 教師は、私の顔を暫く眺めたのち、ゆっくり丸を付けた。 まあ、確かに、「お前やってるだろ。」とは中々言えまい。 そんな出来事は、記憶の引き出しに入り、その後幾年もの出来事の堆積に埋もれ、「名称未設定」と名付けられた、最下層のフォルダーにしまわれたまま、取り出されることは無かった。筈だった。 オーストラリアから帰国後、直ぐに、期限付きの美術教員として、地方に配属された。 美術のテストを廃止する学校が多い中、そこではまだ存在していた。余り気乗りはしなかったが、適当な、易しい問題を作った。一学期、二学期、三学期、毎度当て擦る様に、同じ様な問題を出した。学年末テストは特に、予想問題まで作り、暗に、いやもう明らかに、「これらが出ますよ」と伝えた。 学年末テストだったと思う。一年生の、かなり勉強が苦手な生徒が、「正答を書いているのにバツが付けられている」箇所の申告に来た。 それは、「三箇所」あった。 バカみたいに簡単に作ったテストで、私が、一人の生徒の答案用紙上に、「正答を書いているのにバツが付けられている」を三度やらかすだろうか。 その生徒への疑いというより、三箇所も間違う訳は無いという、自分の採点への信頼だった。 今となっては教員の反応として正解だったかわからないが、「本当に?」と彼に投げかけた。 生徒は、「いや、やっぱりいいです」と引き下がった。 「いいならいいか」と後追いしなかったが、起きた出来事は担任に報告した。担任は、「丸もらえなかったんだって?」と性善説的なフォローに回った。 別の二人の教師は、「絶対やってるでしょ」と僕の疑念の肩を持った。 真実はその生徒しか知らない。捏造をしたなら、私の投げかけた質問は、「嘘はいけない」という彼の学びになったかも知れない。もし、彼が白だったら? 十中八九それは無いんだが。 正解を捏造するのは、二箇所が限度だ。三箇所は多すぎる。私が中学生の時は、そのくらいの知性はあった。 彼は嘘をつくのが下手だったのかも知れないし、私は「ホントをつく」のが下手だった。

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  • 恋人候補の通信簿の付け方講座

    あなたが恋人に求める条件は何ですか。 恐らく、一点に絞るのはなかなか困難かと思うので…、そうだなあ、三つ挙げて貰えますか。 思いつくまで、スクロールしないで。 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 考えてくれて有難う。 じゃあ、その三つを教えて。 うん、うん。何だか、確かに、あなたが好きそうなタイプが浮かび上がった気がする。 でもさ、究極の質問。 Aさん、Bさん、その三つのポイントが、全く、小数点まで同じスコアの二人から告白されたら、あなたはどうしますか。四つめに設ける評価項目は、何を設定しますか。 関心/意欲/態度。出席率。知識/技術。思考力/判断力/表現力。 思いつくまで、スクロールしないで。 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 その答えは。あー成る程。確かにその評価基準であれば、点数に差がつくかもね。 勘の良い方は、きっとお気づきだろう。 実は、その第四の評価基準こそ、あなたが最も重要視する評価基準らしい。 ん?私? 第一〜第三項目は、「一緒に美術館に行ってくれる人」、「私の『ファンションバカ』を理解してくれる人」、「お互いのダメな所受け容れ合える人」だ。 ん?第四項目?ビジュアルだよ、ビジュアル! *** 今日、コロナの影響を受け、統廃合された我が部署に、新たに加わったメンバー達と飲んだ。その子は、毎度、この心理テストを皆んなに試すらしい。 成る程、割と真理を突いている。 あなたの身の回りの、「美術鑑賞が好きで」、「レディース、メンズ問わずファッションが好きで」、「優しい」、「美人」がいたら、直ぐに私に連絡してほしい。お付き合いできた暁には、ビットコインを好きなだけ差し上げよう。 https://www.amazon.co.jp/K-SHOP-%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%93%E3%83%83%E3%83%88%E3%82%B3%E3%82%A4%E3%83%B3/dp/B079NJ1W6K ん?いつもの投稿と違うって? 私は知っている。私のブログの読者は、偶にはこういうカジュアルな記事も嫌いでは無いことを。俺の引き出しはこんなもんじゃ無いぜ? では諸君。良い1日を!

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  • 胆振東部地震

    恐らく、これを書き終わるかどうかという時間に、胆振東部地震から2年経つことになる。 私たち家族にとって、あの地震はかなりインパクトのあるものだった。 いや、あの時北海道に居た者は、過去のどの地震よりインパクトを受けたに違いない。初期微動P波を身体で感じたかどうかくらいのタイミングで、スマホが地震を知らせる。コンマ何秒か後のS波で、それのヤバさを感じた。引き続きスマホは私に地震を知らせるが、一体、だからどうしろと言うのだ。 揺れが収まり一息すると、一定の周波数の音を出し続け静寂のふりをしていた、冷蔵庫の音が消えた。 そうか、これが本当の静寂か。意識に上らないストレス要因が、排除された時に初めて意識された。 危機管理能力の高い者は即座に買い出しに出かけたらしいが、私は「電気がない今一番の時間の有効利用は睡眠だ」と、目先の欲求を優先するタイプだ。その日、休みだった私は、昼まで寝た。適当にダラダラ過ごしていたら、電気が復旧した。私の住むエリアは札幌でもかなり早い段階で、電気の供給が再開された。医療機関が近いとか、諸々の理由により、優先されたのかも知れない。 後日、深夜買い出しに出掛けた者から、電気の無い札幌の夜空の美しさを聞き、ちょっぴり後悔した。 諸々落ち着いた後日、指示に従い出社した。結論、我々の積滞したタスクの一部を西日本の支社が肩代わりしてくれた。とはいえ、現場は混乱した。地震により営業停止した分の「借金」の量とその減らなさに、皆閉口した。 我々家族がやや特殊なのは、厚真町出身だと言うことだ。正確には、「私の父世代以上は」だ。前日までの台風による地盤の緩みに、地震がキックとなり、多くの家屋とその中の住人を土砂が飲み込んだ。 後日わかったことだが、空き家となっていた、高祖父以来の我が家も土砂が浚ったことがわかった。私にとっての正確な実家では無いが、多少の思い出もあるし、置き場所に困った卒業制作も保管してあった(不謹慎だか、処分の手間は省けたと思っている)。 どなたかは存じ上げないが、当時、ドローンで撮影したものらしい。うちの裏には浄水場があり、右手にある円柱型の建物がその一部だ。 私がわざわざ描写せずとも、道民はそれぞれの「あの日」を鮮明に描けるはずだ。 今や、全世代が共有できる流行歌は無い。共有可能な思い出は、災害か伝染病とは皮肉ものだ。

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  • 今年の秋の流行色

    太平洋高気圧が手を抜き始めたか、台風を日本に招く様になった。残暑は続くが、私は小さい秋を感じ始めている。 食欲の秋。スポーツの秋。芸術の秋。 何故芸術の秋か。それは、秋が我々をアンビバレントな感情にさせるからだ。 夏が終わっちゃうな。寒くなるの嫌だな。でも、秋の味覚は好きだな。お気に入りのコートやマフラーを身に付けるの楽しみだな。そんな、相反する(アンビバレントな)感情が、創造性を生むらしい。 私は、10歳から高校三年まで絵画教室に通った。高校生の時先生に言われた、「恋愛した方が良い絵描けるよ」を思い出す。そんなにモテないオーラを放っていたか。 成る程。恋愛、特に片思いをしている時(又は、両想いに確信が持てない時)、アンビバレントな感情になる。相手の言動の裏を読み、一喜一憂、希望と絶望の狭間を右往左往する訳だ。 小六の時登下校を共にした友人は、マーガレットの花占いを毎度の様に行った。「…好き、嫌い、好き、嫌い。」占い結果に納得が行かないと、彼はもう一本引っこ抜いた。今思えば、雑草な訳は無く、その家の大事なガーデニングの一部だったに違いない。 彼女と進学を同時に絶たれて項垂れていた頃、ある人は、「アーティストとしては、そういう時の方が良い作品作れるよ」と私にアドバイスした。当時は何の救いにもならなかったが、一つの真理だ。 某世界的芸術家も、病んだ精神で良作を生むアーティストを、生かさず殺さず、絶妙なメンタルケアを行うのがキュレーターの仕事だと言っていた。 考えてみると、世の中アンビバレンスに溢れているではないか。長所は短所に、短所は長所に。無邪気で可愛い所が好きだったが、今はそこが嫌い。 白黒つけるな。全ての物事は、飽く迄グレーのグラデーションでしかない。 グレーでもない、ベージュでもない。今年の秋はそれくらいの色の小物を身に付けるのが良いかもしれない。

    今年の秋の流行色
  • 異文化交流

    2012年、私はオーストラリアに居た。 オーストラリアでのワーキングホリデーでは、農林水産業の何かしらを担い、実稼働日数が3ヶ月を超えた者に、2年目のビザが与えられる。「国の若者達がやりたがらない仕事をしたら、もう一年滞在していいよ」という制度だとザックリ理解している。 この若者たちは大抵、農家と働き手を繋ぐ人材派遣会社と安宿を兼ねた、バックパッカー、通称バッパーに泊まり、日々農作業に汗を流した。 農作物の種類は違えど、仕事は9割方収穫作業だ。派遣先の農家によっては当たり外れがあり、派遣先が違う者と情報交換を行い、各々の環境に一喜一憂した。地表近くに実のなる作物は、腰を曲げる必要があり、多くは痛み止めを飲み、腰痛を誤魔化しながら働いた。 英語の勉強の為に来たのだから、日本人とは話すまいと思っていたが、これが結構難しい。英語スキルの問題と、文化の問題、ごく一部によるアジア人蔑視の問題より、ヨーロッパグループとアジアグループに別れがちだった。 そんな中でも、出来るだけヨーロッパ人と話そうと試みた。中でもドイツ人の英語は比較的聞き取りやすかった。加えて、彼らの国民性は日本人と相性が良かった。 同じ農場で働き始めたユリヤはノリも良く、内庭のベンチや、職場のランチタイムに色々話した。自分が今までやってきた美術のことや、ドイツ語に興味があることなど。何となく、気持ちが通じ合った気がした。 その日、バッパー民の多くは、クラブに行く様子だった。田舎で唯一許された娯楽はクラブで飲んで踊ることくらいなのだ。夕飯を済ませた者達は、酒を飲みながら、クラブへ行く前の気分を上げた。 私もその一員だったが、酒に弱く、仮眠を取った。何分後かはわからない。ユリヤが私を叩き起こした。眠たかったが、ユリヤとクラブに行きたい気持ちが勝った。 クラブに着くと、いつも飲んでいたラムコークを引っ掛けて踊った。 どれくらい踊ったか覚えていない。衝動的にユリヤにキスをした。ベンチでの会話の続きと、ダンスの続きを唇と舌で行った。周りの友人らは目を疑ったかも知れないが、その動物的なコミュニケーションを止めることは出来なかった。 女心というのは良くわからない。ユリヤを私のベッドに誘導したのち、ハイコンテクストなコミュニケーションの続きを試みた。 先程までとは異なる応答があった。「貴方には辛いと思うけど、明日も朝早いから、今日はもう寝ましょう。」 合意形成に失敗した私は、彼女と文字通りに「だけ」寝た。 翌日、38℃はあろう高熱に見舞われた。きっちり病気だけもらって、インターカルチュアル・コミュニケーションは不発に終わった。

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  • 祖父の天敵

    父の評価だと、叔母は、死んだ祖父を上回る頑固者らしい。 余談だが、父は、祖父の死後、実は祖父より祖母の方が頑固だったと言い始めた。周囲を頑固者扱いをする張本人の頑固性は、今後私が公平に判断する予定だ。 叔母は、隣町の進学校に行きたかったが、祖父に「地元の高校で良い」と希望進路を妨げられた。叔母は、以後一切の勉強を断ち、成績を急降下させる暴挙に出た。流石の祖父も、志望校への進学を許可せざるを得なかった。 「頑固」という一見ネガティブな性質も、視点を変えれば「物事を強引に動かす力」とういうポジティブな見え方をすることもある。 ある朝、私は、一階から聞こえる「揉め事」で目が覚めた。 祖父が、レンジで温めた牛乳を床にばら撒いたらしかった。牛乳のみならず、マグカップも床に横たわっていた。祖父の様子は明らかにおかしく、言葉も覚束ない。父が救急車を提案するも、祖父は断固拒否だ。日課の血圧の薬を飲んで、様子が落ち着いたのでその日はそれで終わった。 無理やり病院に連れて行けば良いだろうと思うかも知れない。甘い。あなたは本当の頑固を知らない。 ある時、肩関節に異変を感じた祖父は、ダンベルで三角筋を鍛えるトレーニングを始めた。関節に異変を感じた時は、安静が鉄則だと素人でもわかる。父と私で、止めるよう説得するが、案の定聞く耳を持たない。私たちは交渉を諦めた。祖父は、その独自の診断と治療法で肩関節を完璧に破壊し、手術入院が決まった。 そういう男に、凡人の交渉術は通用しない。 マグカップ事件の翌日、父は一枚上手の交渉人、叔母を連れてきた。叔母は、前日病院行きを断固拒否した強者を、秒で論破しタクシーに詰め込んだ。

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  • せっくす

    小5の時、友人らがやけにニヤニヤしながら、よくわからない単語を発してはしゃいでいた。私にはその面白さが一切わからなかった。面白さはよくわからないが、余りにも連呼するので、その単語の響きだけは脳裏に焼きついた。 それは、「せっくす」というものらしかった。 あの時は何故母親と2人っきりだったのだろう。妹は、習い事か、友達の家にでも遊びに行っていたのだろうか。ふと、その単語を思い出した私は、辞書を引くくらいの気持ちで、母親に尋ねた。 「せっくす」とは何かを。 今の時代、息子にこの直球を投げられた母親は、どんなボールを返すのだろう。そもそも息子もググって自己解決だろうか。 「お父さんに聞きなさい」 母親は返球を放棄した。 単語の意味はわからないが、生まれて初めて、母にしてはいけない質問をしたことだけは悟った。

    せっくす